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2019年8月4日:「不登校セミナー(第一回)」挨拶のための下書きから

2019.08.02.16:45

2019年8月4日、熊谷市立文化センター文化会館において、今年度第1回の「保護者や教員のための不登校セミナー」を開催します。主催は埼玉県教育委員会、協力・不登校児童生徒のための官民連携会議。


その挨拶の下書き、メモです。


<1 不登校セミナーの歴史 と 官民連携会議>


官民連携によるこの「不登校セミナー」はもう10年ほどの歴史を持つが、この「熊谷会場」での開催は初めてのこと。


当セミナーは最初は「保護者のための」という名称で始まり、次に「保護者や教員のための」という名称に代わり、さらに開催場所もそれまでの「さいたま市」(不登校が最も多い)の会場から「西の川越市」と広がり、今回は「北の熊谷市」へとやって来た。


この「官民連携の不登校セミナー」の開始は10年ほど前に遡る。その趣旨はお互いにその立場を尊重し合いながらそれぞれの持ち味、見方考え方をぶつけ合い最良のものを目指していこうというもの。

熊谷を舞台にした不登校のイベントは、実はこれが初めてではない。平成15年夏に、ここの熊谷農業高校を拠点に、県教育委員会主催の「彩の国スーパーサマースクール事業」というものが開催され、それに私ども民間のフリースクールが協力したという歴史がある。


しかし、不登校支援活動には、実はさらにそれよりも前の歴史がある。 <2 民間教育団体による支援活動>

1995年夏に、私共が全国で初と言われる現場から発信する不登校問題専門の月刊教育雑誌『ニコラ』を創刊した。それが朝日・読売・毎日の三大紙だけでなく、東京や埼玉、群馬、長野、新潟等の地方紙でも報道され、その読者の会(二コラの会)の主催よって、まずその翌年の1996年12月に浦和市(現さいたま市]の教育会館において約200名ほどの参加者、9校のサポート校や機能連携校等の不登校支援団体が一堂に会し「不登校相談と実践報告会」を行った。座る席がなく立ち見の参加者もかなり出て、主催者としてお叱りも受けた。それから毎年、春と秋に、埼玉と東京において5年間ほど開催した。 不登校の支援活動にはまずはこういう民間の活動が先にあったのである。


しかし、その頃はまだ世間一般では「不登校」に対する理解は乏しく、学校にあまり問題はなく「不登校は子どもの情緒障害」という見方だった。そして埼玉県だけでなく文部省(現文科省)においても不登校に対する明確な取り組みはなく、市民活動を支援するNPO法もない時代であった。大学での不登校研究もまだ端緒についたばかり。資料を貸し出したこともしばしばある。既に不登校の子どもたちが全国で8万人を超え、ほどなく10万人の大台を迎える頃だった。

当時、まずは県の教育センターに問い合わせた。「対策はありますか?」「特にありません」「今後は?」「まだ考えていません」という応え。しかし、不登校は「今これからどうするか」の問題。今15歳の子も5年も経てば20歳。座して「百年河清を俟つ」わけには行かない。それで民間から徒手空拳の状態で船出することにした。もう25年近く前の話である。


恐らく民間からのそういう已むに已まれぬ活動が全国に波及し、今日の官民連携の不登校セミナーにも繋がっていったのではないかと思っている。


<3 「不登校」って何?>


そういう不登校支援の歴史を振り返り、その道を歩いてきた者の一人として、改めて思うことがある。

「不登校って何だろう?」と。

今、改めて子どもたちからも問われているように思う。


「不登校」って、<「学校」に行くことが前提>になっている言葉。

でも、「どうしても学校に行かなきゃいけないの?」とか、「自分で好きなことしちゃあいけないの?」とか、「勉強は学校でするけど、学習ならいつどこででもできるし、やっている」「将来の資格が必要なら、運転免許のように国家試験にすればいい」「学校で社会性を身に付けると言うけれど、理不尽に堪える自分なら要らない」等、イジメの他にも不登校の理由は様々。実に多様である。


実際、あなた方が知っているTVタレントや芸人、作家とか芸術家とか、今個性的な生き方をしている人の中にかなり元不登校だったという人が多い。大学の先生やお医者さんなど、社会的ステイタスの高い分野の人にもいる。


私共が扱った子どもたちの中にも、いわゆる落ちこぼれさんもいれば、浮きこぼれ(噴きこぼれ)、今流の言葉で言えばギフテッド、昔なら神童かな、IQが140、150と高くて学校にいられなくなった子もいた。友達が自殺したショックと先生ので学校に行けなくなった子もいた。中学や高校を卒業してすぐに社会に出た子もいれば、早稲田、学習院、いわゆるMARCHとか西の同志社とかの四大に進んだ子もいる。顔や声がみな違うように個性はみな違う。人様ざま。小学4年5年6年と私どものフリースクールに通い、進学塾にも通わず都内の進学校に合格し、来春東大を受ける子ような子もいる。

「不登校」というマイナスの評価に挫けなければ、不登校ということで自分を否定しなければ、その子にはその子に合った多様な道が開けている。


<4 「不登校=教育界のカナリヤ」ではないか?>


不登校は例えれば「教育界のカナリヤ」。「炭鉱のカナリヤ」という表現がある。炭鉱夫が坑内に入るときに一緒に連れていく。カナリヤは炭鉱夫には分からないけれども今坑内がどんな状態にあるか、危険はないか、逃げなけくても大丈夫かを教えてくれる。もしカナリヤが死ねば、人は坑内から脱出しなければならない。カナリヤは死をもって周りにいかに今危険な状態にあるかを知らせてくれる。不登校という存在は今教育界が、学校現場が如何に危険な状態にあるかを知らせているバロメータではないか?

「歌を忘れたカナリヤ」という童謡がある。西城八十の作詞による。私の知っている認知症のお婆さんもよく歌っている。あなた方はその歌詞を知っていますか?

「歌を忘れたカナリヤは」どうなりますか?「後ろの山に捨て」ますか?「背戸の小藪に埋け」ますか?「柳の鞭でぶち」ますか?昔の人は、そんな歌を忘れたカナリヤのような存在でも大事に可愛がり、忘れた歌を思い出すまで、じっと待つこころのゆとりを持っていたのかも。

「教育界のカナリヤ=不登校」にもそういう思いやり、心遣いが必要ではないだろうか?


今、国会の参議院では二人の障害のある議員のために内部を改造している。今までは言葉だけ。建前だけだった。ところが、その二人の存在が国会を動かした。

では、不登校はどうか?「不登校は誰にでも起こり得る」「病気ではない」とは文科省の言葉。ならば猶更、「隔離」施設の拡充やフリースクールを従わせようとかの発想ではなく、まずは不登校の子どもたちの真摯な訴えに耳傾け、それを具現化する行動を各学校で試みてはどうか?


<5 コーディネーター紹介>


今日、この不登校セミナーの開催に当たり、第一部では元不登校体験のある子ども2人、保護者2人の4人のシンポジストとコーディネーターに十文字女子大学准教授加藤陽子先生をお招きしパネルディスカッション「不登校を振り返って、今思う」を、第二部では第一部を受けて「子どもの心を支え合うためのヒント」というタイトルでお話を伺う予定。その後には「不登校セミナー」のアンケートも用意。忌憚のないご意見をいただければ嬉しく思う。



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Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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