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不登校の子どもたちをどう受け止めるか ─覚書から─

2011.04.25.14:14

▼「不登校とは何か」「なぜ不登校になるのか」「フリースクールとは何か」というようなことについてはっきりと認識していることは私たちの活動の原点である。しかし、それを経験のない一般の人に簡単に分かりやすく説明することはとても難しい。現象は同じでも、物の見方や考え方で大きく違ってくる

▼たとえば、よくビジネスの場合にはこんな話がある。ある靴のセールスマンがある未開の島に行った。ところが、そこの住民は誰も靴を履いていなかった。それで、セールスマンA氏は本社に電話した。「ダメですね。ここでは誰も靴を必要としていません」と。セールスマンB氏も本社に電話した。「凄いですね。ここでは誰も靴を履いていません。彼らに全部靴を履かせたらすごい儲けになります」と。さて、どちらが未来のビジネスの展望につながるか。明白だ。

▼「不登校」や「フリースクール」の考え方についても同様のことが言える。「ダメですね」と考えるか「凄いですね」と考えるか、その向き合い方や捉える価値観などの違いによって、その後の展開がまるで違ってくる
 学校を嫌う不登校の子どもがなぜフリースクールにはやってくるか。今までも、私たちのフリースクールがある南浦和の地に、ずいぶん遠方からやって来た子が何人もいる。埼玉県では熊谷や秩父から、他県では東京上野や福生、茨城県の古河などからも。秩父から来た子は片道2時間半くらいかけてやって来た。「学校に行くのは絶対嫌だ」と言ったその子たちは、逆にここに自分の生きる場所がある、学び場があると思えば、時間や距離を厭わない。労苦も厭わない。よく学校の教師が不登校生に投げかける否定的な言葉─たとえば、「怠け者」「人嫌い」「集団性の欠如」など─は彼らにはそのまま当てはまらない。

不登校の子どもたちは、いつ、どこで、誰に、どのように、なぜ、そのようなレッテルを貼られたのか、実に様々な見方をされて─そのほとんどはマイナスのものだが─やってくる。自尊感情が砕け散り、自己卑下でいっぱいの状態でやってくる。面白いことにそのどれもが自分で思ったことではない。しかし、「どうせ自分なんか…」と、他人に貼られたレッテルをあたかも自分自身そうであるかのごとく思い込んでしまっていることが多い。もう「ノー、そうじゃない!」とは自分では言えなくなってしまっている。
 自分づくり途上の子どもたちは、悲しいことに与えられた環境で生きるしかないのである。だから、もしその環境に大きく歪みがあったり、欠落しているものがあったとするならば、その子はそういう環境が当たり前のものとして育つしかないないのである。

だから、
(続く)



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不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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