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子どもの育ちと環境~植物の観察から~(2)

2010.07.15.08:39

※(1)の続きです。

▼失敗から学ぶこと
 ところが、こういう事態になると、子どもだけでなく先生の方まで「失敗した」「うまく行かなかった」と総括してしまうらしい。「教科書通りにできなかったからダメ」なんだと。この頃の子ども達は「失敗」をとても恐れるが、こういうところにその遠因があるのかもしれない。でも、人は失敗体験から多くのことを学ぶものだ。逆に成功体験しかない子どもは怖い。教科書と同じことが出来たと喜び、生の現実から何も学んでいないことがあるからである。教科書以外の現実に出くわしたらどうするのだろう。

▼「教科書通り」の考え方・生き方
 以前、「ぱいでぃあ広場」という引きこもりの当事者の集いを開いていたとき、「学校で勉強の教え方は習ったが、社会でどう働けばいいかを教えてくれなかった…」と言った有名四大卒の若者がいたなあと、妙にリアルに蘇る。確かに日本の教育には起業家教育的な視点が欠けているが、果たしてそれは学校教育だけの問題なのだろうか。残念ながらいわゆる生真面目人間(この中身が問われなければ…)が落っこちる陥穽であるのは確かなようだ。

▼「ヘマをしろ、恥をかけ、バカになれ」…が学びの出発点
 ノーベル賞をとるような偉人には、自身の失敗や弟子の失敗などからヒントを得たという人が実に多い。その感性をこそ見習うべきだろう。本当に「考える人」というのはそういう感性を持った人のことのようだ。ところが、単なるいわゆる世の秀才にはそのアンテナがない。そういう能力を育てないで来てしまっているのだ。かつて日本の教育は教科書に書かれているようなことをそつなくこなせる秀才をもてはやしてきた。しかし、今やそれは必要条件だとしても、十分条件だとは言えまい。
 だから、何かの縁があって「ぱいでぃあ」にやってきた子ども達には、「いっぱい失敗をしな。ヘマをしな。恥をかけ。ドジをしろ。バカになれ」と繰り返し繰り返し言って聞かせる。そういう自分を受け入れ、そういう自分になれること─それこそが「学びの出発点」だと思うからである。

▼ラディッシュの育ちと環境と
 さて、そういうわけで、ラディッシュの出来は散々なものに終わったが、植物の観察日記を通じて子葉とか本葉とか教科書にあることは一通り理解できたし、アブラムシという想定外のこともまた貴重な勉強となったはずである。が、その他にも体得できたものがある。
 実は、ラディッシュの種は一箇所ではなく数カ所に分けて蒔いていた。太陽の直射日光を浴びられる日当たりの良い所、他の植物の葉の陰になる所、多少暗っぽくあまり光の差さない所、というように。
 ところが、教科書にはそういう記述はない。育てるために大事なことが描かれているだけ。これでは頭では理解できたとしても、実際には役立たない。そういう知識が血肉となるためには、いろいろな現実の場面を想定して、実際にそういう環境の中に身を置くとどうなるか…を体ごと知ることが大事なのだ。特に小学校の学齢期には

▼太陽の光がなければラディッシュは育たない
 敢えて光の差さないところで育てるキノコやモヤシと違って、ラディッシュを育てるためには「適度な水や気温」だけでなく、陽の光が絶対に欠かせない。先にアブラムシにやられたラディッシュの例を出したが、あれは少なくとも、ガラス越しとはいえ十分に日光に当てた場合である。他の場合はどうであったか。
 他の植物の陰になり日光が十分でなかったラディッシュは、本葉を広げて育ちはしたが、根は膨らまなかった。日陰にあったラディッシュは弱々しい芽を出したが、やがて枯れてしまった。その後に、他で間引いたものを移植してみたが、ろくに虫もつかず、またもや枯れてしまった。そこではラディッシュが育つ条件が満たされたいなかったのである。たとえ、適度な水や気温はあったとしても。

▼子どもの育ちにも「太陽の光」のあたる環境を
 しかし、これは単にラディッシュだけの話ではない。子どもの育ちも学びも同様である。子どもの周りの環境がとても大事。水や気温という直接的物理的な条件は勿論大事、だけれども陽の光という─この場合は物理的であると同時に精神的でもある─環境条件はそれに劣らずとても大事なのだ。経済的格差が教育的格差に連動しているのは事実だが、子どもの育ちや教育に「太陽の光」は絶対に欠かせない。が、子ども自身ではまだどうすることも出来ない。
 ところが、日本の教育ではそういう問題があること自体が問題にならない。あっても見ようとはしない。いや、見ようとしても見えないのかもしれない。そこに心の焦点が合っていなければ、見えるものの見ていないし、聞こえるものも聞いていない。
 ある人はそれを「ビタミン愛」などと呼んでいる。漠然として捉えどころがないが、言い得て妙である。どんな表現でもいい、どんな形でもいい、人の育ちにおける太陽の光とは何か─を共に考えたい。

※植物が自ら環境を選べないのと同じ様に、動物とはいえ人間の子どももまた親の庇護下にあるうちは自分で生きる環境を選べません。与えられた環境を唯一の条件として受け入れるしかないのです。ですからもし、環境に欠けたものがあったなら、その子はそれが欠落したまま育つしことになります。良くも悪くも。
 けだし、その環境を用意するのはその子の親・保護者なのです。


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 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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