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04/15のツイートまとめ

2018.04.16.04:17

kodomo_sien

「不登校は病気じゃない」「どこの子にも起こり得る」と言われながら、実際は不登校になると当然のごとく教師は心療内科や精神科に相談することを勧めて教育的アプローチを放棄する現実がある。おかしいない?◎ワーキングメモリー能力、コーピング能力を高めよう(その2) https://t.co/2oiv005MUM
04-15 12:08

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◎ワーキングメモリー能力、コーピング能力を高めよう(その2)

2018.04.15.11:54

◎ワーキングメモリー能力、コーピング能力を高めよう(その2)


▼では、それをぱいでぃあではどう見るか。不登校となって学校には行けない絶対的事実がある。そして、学校の教員の判断があり、医者の見立てや診断書もある。

例えば、親御さんの持って来られたWISC‐Ⅳの知能検査もその一つ。そこには検査結果の数値と見立てが書かれている。15の「下位検査の評価プロフィール」があり、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」と「全検査IQ」による5つの「合成得点プロフィール」なるのもがある。確かにWISC−Ⅲによる従来型より整理されていて分かりやすくなった。なるほど、そこにその子の特性が一目瞭然の数値で表されている。その平均値は100で、それがいわゆる「普通」ということになる(「その時の気分等がかなり影響するのでは?」とも疑っているが)。だが、「普通」って何だろう?


▼こういう精神医学的な見立てによって、それが「問題ある子の行動である」かのように定義付けられることに問題はないか?

類例として、しばしば知能指数の低い子どもの例が紹介される。確かに、不登校になる子どもたちは、一般に知能指数的には、知的障害と見做される子の割合が高いかもしれない。

だが、不登校になる子どもたちはそういう子どもたちばかりではない。検査データをよく見ると130だの140だの「並みではない能力があったがために学校に行けなくなったのではないか?」と思われる子も度々散見される。

(学校の成績を問題にする教員もいるが、何のことはない、学校の進度に沿って教科学習をしなくなっただけの結果に過ぎないことが大半だ。)

何のことはない、「問題ない」と判断される子とは、毒にも薬にもならない、問題意識に乏しい、大した特性もない以下同文的な子どもたちのことではないかと思われることさえある。少なくとも「普通」の基準はそこにある。もしかして、これが日本の学校教育が目指す理想的な子の姿なのだろうか?


▼何故、子どもたちは学校から逃げ出したのか。そこに通うことを拒否したのか?これは学校教育を考える上でとても大事な点だろう。だが、身の保身や学校を唯一の教育機関と考える教員等の学校教育関係者は敢えてこの問題に向き合おうとはしないようにも見える。

もし、子どもたちにとって学校が自分を生かし育てる場であったなら、そこから逃げ出したりはしなかったはずだ。子どもたちはつつがなく学校生活を送ってほしいと家族に願われていることを痛いほど知っている。でも、その学校での生活にもうこれ以上耐えられないこと、そこで自分は死んでいるしかないことをはっきりと意識したのである。


▼だが、間違わないでほしい。子どもたちは単に命を守るために学校を逃れたのではない。決して負け犬になろうとしたのでもはない。そうではなく、それは「自分を活かす場を求めての内発的な行動だ」ということだ。学校教育を「問題ない」と見る教員の立場などからすれば、学校を離れた子どもたちを外見から判断してマイナスに捉えがちだが(例えば、「勉強に付いて行けなくなったから」等と言うが、教科学習どころではない心境で学校を離れたのだから当然の結果だが、その現象が事の本質ではない)、子どもたちの内部には自分をより生かしたいという肯定的な思い、そういう学びの場・活動の場を求める強い思いが潜んでいる。

人として生まれた以上、誰一人として「自分の人生なんてどうなってもいいんだ」「どうせオレなんて…」と思っている子はいない。今まで無支援、無抵抗であったためにそう思い込まされてきたとしても。


▼フリースクール・ぱいでぃあには、WISC-Ⅳの知能検査で見れば、どちらのタイプの子どもたちもやって来る。一方はいわゆる「落ちこぼれさん」と言われる子どもたち。もう一方は「噴きこぼれ」とか「浮きこぼれ」とか言われる子どもたち。「枠にはまらないはみ出しっ子」ということで共通しているが、IQの数値にかかわらず、一般に「発達障害」というマイナスのレッテルを張られてやって来る。

だが、それは「特性の強い、個性豊かな子どもたち」という全く逆の見方をすることも可能なのだ。それは旧態依然の教育的見方では評価できない、自分の持ち味で勝負する子どもたちだと言ってもいいかも知れない。


▼しかし、問題は子どもたちを単に評価したり、定義付けたりすることではない。まして、薬漬けにして特性を弱めて周りに従わせるようにしたり、一律に収容所的な施設に追い込んで半人間的な扱いに馴致させることでもないだろう。

こういう扱いには子ども達よりも先に保護者の方が反発することが多いが、そういう偏見や差別に敏感な子どもたちの場合には、子ども本人が激しく反発することもしばしばだ。

ところが、公的な施設には「落ちこぼれのダメな子ども達」として」収容したり、適当に遊んで時間つぶしをしたりする施設はないでもないが、「型にはまらない子どもたち」を積極的に評価し引き受ける施設はまずないに等しい。

昔であれば「神童」と言って支援はされずともその存在を否定されることはなかったろうが、逆にある程度ケアの発達した現在では非効率な異質な子として排除され潰されることが多くなった。「ギフテッド」という一神教的欧米流の言い方がされるようになったのもつい最近のこと。海外ではもう数十年前からそういう子どもたちの存在が認められていたのだが。

(3に続く)

 

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Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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