スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「不登校生の成功体験」とフリースクール・ぱいでぃあでの関わり---

2014.09.18.00:11

▼不登校の話題をしたり、不登校の関係者と話していたりすると、時々「????」と思ってしまうような場面に出くわすことがある。その一つに「成功体験を語ることの是非」がある。
 不登校はその体験者やその親御さんでなければなかなかその辛さやシンドさは身に沁みては分からない。そう言われれば、支援者といえども黙らざるを得ないところがある。中には、その出来事を涙を流して語る親御さんもいらっしゃる。
 しかし、そのわが子を思う気持ちが脱・不登校を成し遂げた元不登校体験者を批判的に語るとき、その気持ちは承知しながらもちょっとバランスを欠いてはいまいかと思ってしまうこともないわけではない。

▼「不登校からの立ち直り」にせよ、「不登校克服体験記」にせよ、そこに大人が想定した既成の枠に子どもがすっぽりと嵌まるとしてやったりの思いになることも確かにあるだろう。とかく既成の価値の代弁者でもある大人は、子どもが想定外の訳の分からない行動をすればウロウロするばかりだが、その子どもが大人の論理に屈する時、「やっぱり言っていた通りだろ」とパターナリズム的な思いやりの心で子どもの最大の理解者ぶる「どや顔」をしたりする。
 だが、それは子どもが自分の力で人生行路を切り開くことには全然繋がらない。むしろ大人の「ほっと安心のしたり顔」とは逆で、屈辱に満ちた敗北宣言であるしかない。
 だから、不登校の当事者に寄り添い、その思いを共有してきた者にしてみれば、大人のそういう欺瞞的な態度には到底我慢ならないという心情も理解できないわけではない。しかし、「しかし」なのだ。

▼不登校理解や不登校支援が近視眼的であったり、親と子や大人と子どもとが共依存的な関係であり続けてはいけないと思う。たとえ不幸にして我が子が十分な立ち直りには至らなかったとしても、そのことで他の元不登校の子の「脱・不登校体験」や「不登校からの脱出の成功体験」を、喜んであげるのが筋であり批判すべきではないと思う。
 一部の親御さんの中にはある種の誤解があって、「不登校からの生還者」と聞くと不登校という現象を頭から否定された思いになる方もいるようだが、人間は「辛かったことも嬉しかったことも共に人生途上の貴重な体験や肥やしになる」と気持ちを転換すべきであって、不登校からの脱出成功者が不登校という自らの体験を否定することもないはずである。もし、その子が過去の不登校体験を否定し忘れようとしているならば、その子はまだ本当に不登校を抜けたとは言えない状態にあるということである。それはその子が自分の生きた人生をそっくり捨ててしまうことに等しくなる。そのことで自分の中に人には絶対に知られてたくない否定体を抱えたまま生きることになる。自分を肯定的に生きることがとても難しくなってしまう。これは結局不登校を克服できなかった人の辿る生き方なのである。

▼ところが、自分を肯定し、「かつての不登校体験も貴重ないい体験であった、それが今の自分の成長の肥やしになっている」と捉えられる人は、決して自分を否定しない。不登校であったことも自己卑下で語ることはない。むしろ不登校を生きたことを誇らしく語ってもいいのだ。
 実は、今回「不登校セミナー パート2」のシンポジストの一人に元「ぱいでぃあ」の生徒T君もいる。彼は不登校を脱しただけでなく、「ぱいでぃあ」に通う中で自分の進むべき進路を明確に見出し、同時に自分が不登校をしていた時、親御さんや周囲の人達がどういう思いで支援してくれたかもしっかりと受け止めたのである。だから、彼の中で不登校経験を否定すべきものはなにもない。
 これはその前にあったセミナーの時も同様。彼と同じように脱・不登校の体現者として自分を語ったO君は参加者から「あの子、本当に不登校だったの?全然そうは見えない」と言われたものだ。ところが、その子が「ぱいでぃあ」に来た当初は人の目が気になって外に出られなかった。地元を離れ転校さえしたがうまく行かなかった。そして彼の家の壁は突き抜けて隣の部屋と繋がり柱は至る所鉄骨がむき出しになっていた。そこからの生還であり脱出であった。その子がシンポジウムで堂々と何ら臆せず不登校だった自分を語ったから、みんな驚いたのである。

▼だが、「脱・不登校」「不登校からの生還」「不登校からの脱出成功体験記」とは本来そのようなものだろう。もはや彼の中では「不・登校」や「反・学校」のように考えて同じ土俵上で争うべきものではなく、その次元をゆうに乗り越えていたはずである。不登校云々でウロウロするのではなく、それを相対化する次元に自分を置くことができていたのだ。O君の時もT君の時も周りにシンポジストとして不登校体験を語る高校生や大学生がいた。でも、彼らの声が上ずっていたり、堂々巡りの喋りになったり、「やっぱり不登校の生徒だね」という印象を強める趣さえあったのとは対照的に、彼らは元不登校でありながらもうそこには留まってはいなかったのである。
 「ぱいでぃあ」では設立当初からそういう不登校支援を行ってきた。「不登校」と言う言葉にはかなり認知が広まった今でも否定的なイメージが強い。「自己卑下」「隠したいこと」という印象が強い。ところが、「ぱいでぃあ」では生徒たちに「不登校ということで卑下することは一切ない。むしろ自分の否定出来ない個性を大事にしてほしい」というようなことを絶えず言ってきた。だから、「ぱいでぃあ」で中学時代を過ごして県立の進学校に進んだある生徒は(その後同志社女子大へ)、高校に進学して間もなく「わたし、中学時代ずっと不登校だったのよ」と告白したという。で、その結果どうだったか。「嘘!本当?全然そうは見えないね」。これで終わりである。否定し隠すからいつまでも立ち直れないしあらぬ偏見で疑われる。(今彼女は社会人となって第一線で活躍している)。

▼「ぱいでぃあ」のサイトにもパンフレット(小冊子)にも「不登校も終わってみればいい体験」とある。脱不登校だから言える言葉。ところが、日本では「不登校」にことさら特殊な意味付けをする。それで「脱・不登校」も胡散臭そうに否定したがるのかもしれない。
 以前、「ぱいでぃあ」のアシスタントをしていた青年が大学生の時、イギリスでホームステイをした。ところが、そこの家庭には学校には行かない子ども、いわゆる不登校の子どもがいた。だが、家族も周りの人も「不登校だ!大変だ!」とは騒がない。だから、子どもは自分を否定されているという感情も持たなかった。勉強は自宅で自分でして、他のそういう仲間の友達と交流していた。そういう子ども達を引き受ける学校外の機関があり、そこで本当に自分に必要なものを学んでいたという。いわゆる富裕層の家庭にそういう子が多くいたそうである。学校でひたすら勉強して、学歴や学力で売るしかない家庭の子ども達とは違ったようである。外国には外国の不登校があるのは先進国共通らしい。でも、そこに日本のような特異性はない。
 これで欧米の教育の全てを論じるわけには行かないだろうが、「不登校」をことさら問題視するのは日本やアジア特有の病理であることは心得ていた方がいいかもしれない。

▼「ぱいでぃあ」は、不登校問題をそういうパースペクティブでも見て行きたいし、関わって行きたいと思う。活動を維持運営する最低の費用は必要だが、その理想や目的を捨てたくはない。そして、それを好しとする人たちに利用してもらいたい。私達の思いを何も理解しようとせず、ただ利用するだけ利用して、「ハイ、サヨウナラ、ありがとうございました」と去っていく人達もいるが、それはそれで仕方がないかもしれない。そういう人達にこそ不「登校の持つ意味」をじっくり考えていただきたいものだが、残念なことにそこまでの余力がない。いろいろな所で共感の輪が広がってくれたら幸いだ。
 「ぱいでぃあ」では今、もっと自由な、本来のフリーな学びや育ちのあり方を進めたいと思っている。「せっかく不登校になって、何かの縁で<ぱいでぃあ>に繋がった仲間である。互いに学び学び合いたい。
 幸い、そういう真剣な思いを理解してくださる方々が老若男女、パーセンテージは決して高いとは言えないが、確実に存在することはとても嬉しいことである。

↓ 良ければクリック。
にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ

にほんブログ村

******************************************************

「こども支援ネット」のサイト
http://kodomo-sien.net/wp/

「いきいきニコラ」のサイト
http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/

「教育落書き帳」(ブログ)<
http://blog.goo.ne.jp/gootyokipapa/

「フリースクール・ぱいでぃあ」のサイト
http://freeschool-paidia.com/

******************************************************
スポンサーサイト
プロフィール

Bakiller

Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。