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不登校の子ども達をどのようにして立ち直らせるか?---早期対応のお勧め

2014.05.29.08:29

不登校の子ども達をどのようにして立ち直らせるか?---早期対応のお勧め

▼「フリースクール・ぱいでぃあ」のサイトをご覧になった方は、もしかして、ぱいでぃあの料金設定が他のスクールに比べて意外に格安に設定されていることに驚かれるかも知れない。「社会情勢に鑑み…」ということは当事者ではなくても理解できよう。だが、時には長年の不登校や引きこもり、対人恐怖症や社会不安症等の発症、学業の大幅な遅れ、社会性等の感覚の欠如、高度の自閉症や場面緘黙等々…一口に「不登校・登校拒否」とは言っても、そうなった事情も実に様々であり、現在の状態も多岐にわたることは疑いようがない。そのいう状況下での料金設定であるのだから。

▼正直言って、環境を変えたり人との関わり方を変えるだけで何とかなりそうな子どもから、担任の教師、学校の相談室のスタッフやカウンセラー、心療内科医や精神科の医者、学校の補助機関としての特別支援学級、元不登校体験者の思い入れ(自身の問題は解決している?)などではもうとても手に負えない段階にまで突入してしまっている子ども(場合によっては人間として再起が危ぶまれる領域にまで達していたり、薬漬けで完全に廃人になってしまっている例もある)まで、フリースクールには実に様々な不登校の子ども達が相談にやって来る。

▼例えばの話であるが、軽い風邪くらいの症状の患者と、癌がかなり進行した段階の患者と、脳外科の手術を一刻も早くやらねば命にかかわる段階の患者と、救急車で絶命しかねない状況で運び込まれる交通事故等の患者と---、病院では皆同一に扱うであろうか。それぞれの状態や状況に応じて患者への対応は皆違うだろうし、料金体系もそれによって皆違っているはずである。当然のことだろう。中には保険でまかなえるものもあるだろうが、実費を別途請求されることもあるだろう。最近のことだが、アメリカで盲腸の手術をしたところ600万円から900万円くらい請求されたという実話もある。

不登校の問題には1900年代半ばから本腰で関わってきたが、当時は教育行政や私立学校協会等では全く相手にされず、対策もないままに放置されていた。私たちはその頃から現在に至るまでを俯瞰できる位置にいるが、一種の不登校ビジネスを目的に後発で参入してきた所はどうだろうか。
 いずれにせよ、そういう病院の患者さんの状況と同じようなことが不登校になってフリースクールの門を叩かれる子どもや親御さん達にも言えそうである。確かに、不登校の場合には心の問題が中心であるだけに、外科治療の患者のように外見では即断できないことも多い。体験入学を通して、さらに一月ほど様子を見なければよく分からないこともいろいろ出てくる。

▼本当は不登校の子どもを引き受けるスクールの料金体系も本来は一律の料金であるはずがない。具体的に言えば、まだ軽い段階でフリースクールで再起を図りに来た子どもであればそれなりの料金で済むのが当たり前で、法外な料金を要求される必要はないはず。もしそうだとすれば、一度疑ってみた方がいい。ところが逆に、とことん大変な領域にまで来てしまっている不登校の子どもの場合には軽い段階の不登校の子どもと同じ料金で対応できるはずがない。引き受ける側も安請け合いは出来ない。だから、それに見合った料金が求められて当然かもしれない。もし、それが「安かろう悪かろう」の範疇に当てはまるものならば、どこかに手抜きがあることになる。そうでなければ不登校の子どもを受け入れる機関を維持することができないはずだ。これは時には大変重いお子さんも引き受けて頑張って支援活動を続けている通信制高校対応のサポート校等へのエールでもある。

▼だから、主としてそれ以前の年齢の不登校の子ども達を支援している私たち「ぱいでぃあ」では、「脱・不登校!小中学生の不登校は早期・短期に克服を!」とサイトのページに掲げている理由でもある。その方が、不登校の克服は容易であるし、親御さんの負担もまだ想定内の料金で対応できることになるだろう(しかし、不登校の親御さん達は支援者に愚痴を言ったり依存したりするのに時間は割くのに、なぜ必然的に不登校の子ども達を生み出す日本の教育システムが内包する根本問題の解決のために自ら行動しようとはしないのか?)。
 しかし、不登校への真摯な対応が小学→中学→高校と先延ばしにされ続け、精神的にも、身体的にも、学業的な側面からも、対人関係や感覚的な面からも、社会人として復帰できるかどうか等の側面からも沢山の「???」のマークが付くような段階にまで至ってしまったような不登校・引きこもりの場合には、当然それだけの年数や労力、費用のかかることは覚悟しなければならなくなる。

▼フリースクールまでやって来るのは、学校の先生ではダメ、カウンセリングでもダメ、心療内科や精神科でもダメ---そういう切羽詰まった段階になってからのことが多い。「ようやく!」である。だから、フリースクールでそういうお子さんを引き受けるということは、支援者として関わるスタッフ一人ひとりにも、単なる机上の論を超えた、ここまでに辿り着くまでに関わった人達ではとても無理な実践の能力を要求されることになる。「何となく不登校」レベルの不登校ならいざ知らず、単なるレンタル姉さんやお兄さんの能力ではまず立ち直らせるのは難しかろう。(しかし、不登校の子どもの場合は基本的な「社会性の欠如」等に起因していることが多く、まだ社会体験の乏しい若者にどこまで務まるかも疑問でもある。補助ならいいかな?)

▼不登校の子どもを抱える親御さんはぜひその辺を理解してほしい。(今までも社会性が欠如して場面緘黙[バメンカンモク:人前で喋れなくなる。選択制緘黙とも]となってしまった子ども達を立ち直らせてきた経験からも言うことだが)出来るならば子どもをそこまで追い込まないうちに相談に来てほしいものだ。それが子どものためであり、費用を負担する親御さんのためでもある。「ぱいでぃあ」で「脱・不登校!小中学生の不登校は早期・短期に克服を!」をサイトに掲げる理由でもある。

※原稿に訂正加筆をすることがあります。ご了解を。

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我が子をフリースクールに託すということ---見極めと信頼と---

2014.05.21.01:40

我が子をフリースクールに託すということ---見極めと信頼と---

▼年度が変わると、今まで不登校でいた子ども達にも変化が生まれる。「年度が変わって新学年になれば動き出すのでは…」と思っていたご家庭が多かろうが、実際にそうなってくれる子ども達が出てくると同時に、やはりまだ引きこもりの状態から抜け出せず家にいることになる子ども達もいる。
 前者の場合には、それで家庭で「良かった」と思ってしまい、「我が子が不登校を選択するということはどういうことであったのか」というような問題は吹き飛んでしまうことが多い。ところが、依然として学校に行けない子どもの場合にはそれだけ状態が重たいということだけでなく、「この子はいつまでこのような状態を続けるのか」、「このままずっと家に置いておいていいものかどうか」、「どうしてうちの子は他の大部分の子ども達のように学校に行かなくなってしまったのだろうか…」等々、真剣に悩むことになる。

▼そういうご家庭の中の少数の人達が不登校となった子ども達の活動や学びの場としてフリースクールというところがあると知って相談に来られる。いや、知っていても実際にフリースクールにまでやって来るご家庭は極めて少ない、と言った方が正確だろうか。家庭の経済状況や子どもの状態などから最初から想定されていないことも多い。
 いずれにせよ不登校のご家庭がフリースクールまで相談にやって来られるということはお子さんが余程の状態になったことがとても多いように思う。子どもが不登校になったから即フリースクールへ等というケースはまずないだろう。

最後の最後の拠り所としてフリースクールにやって来たということはどういうことか。学校はもちろんのこと、相談室やカウンセラーでもダメ、心療内科や精神科クリニックでの投薬によってもダメだったということ、そしてまた家庭で何とか立ち直らせようと様々に試みたけれどもそれもダメだったという場合が多い。言わば万策尽きてフリースクールにやって来たということである。
 こういう場合、不登校の子どもの親御さんの接し方には大きく二つに分けられる。一つは出来るならば本人に学校復帰をしてほしいという願いがある場合。もう一つは学校やその他の機関への強い不信感を抱くようになっている場合。前者の場合、親御さんはそうできない子どもを批判的に見ていることが多い。逆に後者の場合には子どもを庇護する意識が強く、それだけ子どもの気持ちを考えてもらえなかったという思いが強いとも言える。(ただし、実際の場合には、こういう形で類型化できないことも多い。)

▼そういう不登校のお子さんを引き受ける場合、フリースクールの側でとても大事なことがある。ご家庭の方ではフリースクールを幾つか調べ、「ここなら我が子に合うかもしれない」と思ってやって来るのだろうが(たとえば、ケアを重視とか勉強を重視とか)、実はフリースクールの側も不登校の子どもを抱えた親御さんの様子を観察させてもらっている。そして、この子はここのフリースクールに合うかどうかもそれとなく観察する。
 その互いの直接の観察の場面が体験学習等となる。そして、その体験の中でお子さんや親御さんにこのフリースクールが自分の望むスクールであるかどうかを肌で感じ取ってもらう。同時にフリースクールの側も、この子はうちのフリースクールでやっていけるかどうかを、その子の特性や今の状態などから吟味させてもらう。そういう両者の思惑が合致して初めてフリースクールで活動することが決まる。

▼今回詳しく説明する訳にはいかないが、ここでもし実際にフリースクールに通うのであれば、お子さんや親御さんになるべく考えていただきたいことがある(特に「ぱいでぃあ」に来られるならば)。先に、子どもが不登校になって即フリースクールにやって来る子はまずいない(ぱいでぃあを開校した時、第一号としてやって来た子は即やって来た子だったが)、最後の拠り所としてやって来る人が多いと言った。ということは、つまり、他所では皆、尽く失敗してきたということである。
 だから、フリースクールで我が子を完全に立ち直らせたいのであれば、同じ轍を踏まないことである。それは具体的にはどういうことかというと、フリースクールに来たならば、お子さんも親御さんも私たちの指導を信じて任せてほしいということである。
 これは偏狭な現場主義な観点からとか、逆に現場から遊離した専門的な学識的な立場から机上の論として言うのでは決してない。そのどちらでもない。その両方が不可欠なのだ。現場に携わってること、そして専門的な知見にも精通していること

▼確かに、親御さんは不安かもしれない。あるところでは、例えば、なるべく親御さんの機嫌を損ねることなく、その子の目先の思いや親御さんの考えを優先するかもしれない。営業的にはそれの方が好感が持たれるだろうし、子どもが長く留まっていてくれる方がいいのである。医者が病気を治療すると言いながら病気や病人を必要としているのに似ている(「医者選びも命のうち」とも言う)。
 しかし、すくなくともぱいでぃあというフリースクールはそういう方針を取らない。みな一人残らず元気に羽ばたいていって欲しいし、そのために最大限の努力を惜しまない。その時、子どもの気まぐれな思いや親御さんの思い入れ等で恣意的に遮られては困るのである。

▼ここが信頼できるフリースクールであると判断したならば、もう迷わず任せてほしい。恣意的な介入はその努力を水泡に帰してしまう。いろいろなことで私たちに相談されるのはいい。とても大切だ。こちらも互いの信頼のキヅナというものをとても大切にしている。それがあってこそ子どもは立ち直れる。これは「お任せ」とはまるで違う。
 この過程で、私たちは毎月の親の会をはじめ様々な形で親御さんとコンタクトを取っている親御さんに理解してもらい変わってもらうこと、これが子どもの変化に不可欠である。学校が勉学や社会性を身につける場であるとするならば、家庭はそれ以前の生きる上で不可欠な感覚や感性を培う場なのである。子どもが人として育つ上での最大の環境、それが家庭である。
 不登校とは単に学業から落ちこぼれたからなったものではあるまい。それはトータルな人の育ちの危機から必然的に生まれたその子の防御反応である。子どもは家庭という環境の中で育つのである。

※次回予告:「間違わないための学び場選び」最終回

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Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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