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「脱・不登校への○と×」から(2)誤解されているフリースクール

2011.11.27.19:06

ぱいでぃあ ポスター

▼アップルの共同創業者でピクサーやiPhoneの創出者であったスチーブ・ジョブズ氏が先日亡くなった。彼がスタンフォード大学で行った有名な講演があり、逝去の報と共にその演説の最後にあった「Stay hungry, stay foolish!(ハングリーであれ、愚かであれ)」の文言が新聞やテレビ等で繰り返し取り上げられた。しかし、その講演の全容の動画は既にyoutubeで高い視聴回数を誇っていた。
数年前、私の関わるフリースクール・ぱいでぃあでの卒業式でも、彼の人となりを紹介し、卒業する生徒への餞(はなむけ)としてその言葉を使わせてもらった。学校を離れてフリースクールで再起を図りいま元気に飛び立っていく子ども達にこそ相応しいと思ったからである。ただどういうわけか、その時引用した「愚かであれ」が〈foolish 〉ではなく〈stupid 〉を使っていたのは愛嬌か。
ツイッターや新聞などでは、知識人達が〈foolish 〉を〈小賢しくなるな〉〈小利口になるな〉などと意訳して紹介している。《あれはちょっと違うんじゃないか》と思った。それこそ小賢しい所業に思える。ジョブズ氏にとって「愚かであれ!」「馬鹿になれ!」は決して否定形ではない。積極的肯定的な言辞なのだ。それがどうしても〈バカになれない秀才〉にはやはり分からないのかもしれない。

▼どういうわけか日本の教育はすっかり「ハングリーであること、愚かであること」を怖れ、小利口な人間ばかりを作り出すようになってしまった。日本の教育は今も昔も基本的にこの〈秀才をつくりだす〉路線に沿っている。それが近年特に顕著に思える。だから、日本の教育からはアメリカ流のイノベーションに憧れることはあっても、それを地で行ったスチーブ・ジョブズのような人物が輩出することは難しかろう
これは何も天才だけに当てはまることではない。そういう風土からは個性ある子ども達そのものが育たないだろうということである。日本の教育システムから大量の不登校の子ども達を排出するという問題も実は同じ根から生じていることなのである。

▼「フリースクールってどんなどころか、そこで不登校の子がどうやっているか、初めて知りました。イメージしていたことと全然違いました」とは、ぱいでぃあの活動を初めて知った人の口から、今までにも何回も聞かされた言葉である。今回も初めて参加された方から同種の言葉が漏れ出た。
だが、私達は何か魔法じみた特殊なことをやっているかと言えば、全く逆である。ただごく当たり前の教育活動を淡々とやっているだけである。中日の落合野球が驚異の目で見られたが、彼は最も基本に忠実な野球を貫徹したに過ぎない。それと同じだ。特殊なことは何もない。ただ、学校がやらない(やれない?)ので我々がそれを必要とする子どもにやっているだけである。

▼言い換えれば、それだけフリースクールという存在はいまだに知られていないということである。学校は自校に不登校がいるという事実そのものを伏せているし、フリースクールという民間の教育機関が在るということも親御さんが言ってくるまで知らないことにしている(教育委員会の方が官民連携などという形で民間のノウハウを借りようとしているのに)。また、不登校の子の家庭同士は分断され、互いに知らず連絡を取り合えない状態に置かれている。しかし、不登校と言えば一般にダメ生徒の烙印を押されていることが多いから自ら名乗り出ることは皆無と言っていい。
だから、不登校になった子どもやその保護者の心理状態についても学校の先生自体がよく知っていないことも多い。いや、知っていたとしてもなかなか単独では動けない。不登校の子ども達が救いを求めるようにやって来るフリースクールの立場からすれば、なぜ学校ではこれ程までに不登校となった子どもに不寛容なのか、学校の教育そのものがもっと開かれた自由度の高いものになれば(自由ということと勝手気ままということは違うのは言うまでもない)、学校の生徒も保護者もそして先生自身ももっと楽な気持ちで本来の教育活動を行うことができるようになるのではないか。民間の教育活動に学ぼうくらいの大らかさがあったならもっと生産的であろうに。無用な縛りが日本の教育活動を狭く歪なものにしてしまっている。そう思えてならない。

※これは今の原発汚染で揺れる福島県等でも同じである。何よりも子どもの命を案じて行動しているのは親たちである。先生方はこういう状況の中でも上意下達の中で言われるままに行動しなければならない。もしかして子どもの為にと一生懸命に取り組んでいることがかえって子どもたちの命を危険に晒すことになっているかもしれない。そういう問題を指摘したら「福島の教師の苦しみが分からぬか」とお叱りも受けた。ここにも教師自身の苦しみと子どもの問題とが分断されている現実がある。本当はその両者の問題はともに根底では繋がっているはずなのだ。


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「脱・不登校への◯と×」の集会から-(1)

2011.11.20.20:55

※「脱・不登校への◯と×」のチラシ

▼11月13日(日)、私達は「脱・不登校への○と×」という集会を主催した。当初から予定していたことだが、官民連携ということで埼玉県教委に協力する形で開いた6日の「保護者のための不登校セミナー」に続く形となった。近隣の公立学校へもお知らせを流したが殆どは反応はなかった。いつものことだが、官民連携の官側の実態とはこのようなものだ。幸い朝日新聞の地元の支局が紹介して下さった。
 だから、会にはフリースクール・ぱいでぃあやその母体であるNPO法人教育ネットワーク・ニコラの活動を知っている人、新聞で知った人たちなどで会は行われた。

▼さて、チラシのタイトルからも明らかたが、この日の会のメインはフリースクール・ぱいでぃあ校長の講演よりは脱・不登校したぱいでぃあ卒業生の話の方だろう。かつて不登校となり学校に行けなくなったとき、自己卑下の感情でいっぱいになり、同級の友達ともまともに顔を合わせられず、人の気配にただ怯える小動物のように逃げ回っていた自分がいた。そんな子ども達が、フリースクール・ぱいでぃあに通う中でどのようにそれを克服し、今このように実に落ち着いて堂々と振る舞えるようになっていったか…、その回答がここにあった。こういう会をやりたいが…と話すと、自ら積極的にーー《自分が元気になった恩返しを》とT君は言い、《明日月曜日は試験があるけれど、是非》とO君は言ってーー参加してくれた。

▼二人とも自分の家の壁が向こう側まで突き抜けたり鉄骨が剥き出しになったりした住まいのこととか、原因不明の苦痛でもがき苦しんだ日々などを、笑いも交えて実に真摯に語ってくれた。彼らと会って打ち合わせもする時間も取れず、本当に出たとこ勝負の当意即妙、臨機応変の受け答えだったが。それもこれも彼らがフリースクール・ぱいでぃあで成長した証である。百万言よりも彼らの全身が全てを語っている。
 ここまで来れば、もうどこに行っても大丈夫。臆しないどころか、人のため皆のために自ら進んで楽しんで動くーーぱいでぃあではこれを「イニシアチブ」と名付けているーー姿がそこにあった。少し道草を食って多少の遅れはできたが、「不登校も過ぎてみれば貴重な経験」と今回のテーマにも掲げた通り、その積極性と集中力があれば、それをバネにして人よりもより大きく跳躍することも可能だろうと思われた。
 不登校は卑下すべきものでも否定すべきものでもない。活かすつもりになれば人はどんな経験も滋養とすることができる。不登校そのように受け止めてこそ先に繋がる。それを理解するとき、子どもたちは自分たちの努力だけでなくフリースクールをはじめ様々な支援者理解者がいた事にも気付くのである。その時、自分のことだけで精一杯であった自分が、自然に他者のために手を差し延べられるようになっていることにも気付くだろう。

(それであってこそ、そういう子どもたちの立ち直り(支援)のために半ば半生を捧げた者として、報われる思いにもなれるというものだ。)


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Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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