遊びと学び:理科的思考がベースの昔遊び──近頃「ぱいでぃあ」で流行るもの②

2011.02.10.00:41

▼今春卒業し受験して進学する生徒、まだ受験学年ではない送る側の生徒、それぞれ立場は違うけれど、フリースクールの中で共に群れ、戯れ、活動し、学んできた。ただ今の時期は、受験、面接、卒業制作、アルバム作成等の卒業式の準備、送る側の種々の練習…など、卒業生を中心とした多々の取り組みがあり、他の月と比べてやることがかなり変わっている。しかし、子どもたちはいつも通り活動している。

▼「子どもは遊びの天才である」というのは本当である。「遊び」と言うと、大人はとかくそのための遊具を考えてしまいがちだが、遊びが関心の中心にある子どもたちにとっては、棒切れ一本、紐一本でも十分で、日常の時空から遊びの時空に即座に飛び込んでしまう。時には自分の身体そのものを遊びの道具に変えてしまう。大人は尤もらしく虚空間などと言うが、子どもは虚も実も自在に行き交うことができるようだ。
 しかし、基本的に遊びが封印されている学校においては、そういう子どもらしい振る舞いを発揮できる場面はあまり多くはないだろう。むしろ、遊びなどには見向きもせず、ひたすら勉学(?)に取り組む秀才タイプの子が最も出来の良い子のように評価されるのではないだろうか。だから、学校教育では異形の「天才」が育つことは難しい。「遊びの天才」もまたしかりであろう。

▼「ぱいでぃあ」では多少こちらの意識的な思い入れもあり、通ってくる子どもたちの好むものの一つに「昔遊び」がある。今の大人たちが子どもをビジネスのダシに考えて作り出したニンテンドーDSやソニーPSPなどの高性能なハイテク電子機器は、遊びの感覚を育むという観点からすれば実に貧しいものだ。単なる指の運動とパターン化された脳への単純な刺激に過ぎない(逆にオタク的にのめり込めば再帰還が難しくなるほど錯綜としているようだ)。
 ところが、昔の日本人が考え出した玩具は実に単純でありながら動的であり想像的・創造的でもあるもしかすると日本人の優れた能力の開発は子ども時代のこのような遊びに負うところが大きかったのではないか、今の日本の若者たちが能動性も創造性もスポイルされチヂミ現象を起こしているかのように見えるのはこういう遊びがなくなったことが大きいのではないかと思ったりもする。
 では、実際に「ぱいでぃあ」にはどういう玩具・遊具があり、子どもたちはどういう遊びをしているのか、そのいくつかを紹介したい。

▼①たとえば、「ハッピーバード」別名「水飲み鳥」。これは昔からある玩具(置物)だが、残念ながら今、日本製はない。台湾で作られている。これのどこが面白いのか。それはこの玩具は水さえあれば理論上は永遠に動き続ける玩具であること。つまり、永久運動をする玩具なのである。永久運動 ─ これは世の科学者の永遠の理想である。(このハッピーバードの大型版が皇居そばの千鳥が淵公園内の科学技術館に展示されている。が、それはガスバーナーで暖めた水を動力源としており、永久運動の仕組みにはなっていない)。何でもアインシュタインが日本にやって来た時、これを見て驚き感心したのだとか。今でもこれが動き続ける原理は生きた理科の教材である。
 ②たとえば、バランスボール。直径二センチ弱の金属玉が五個ほどぶら下がっていて、端を持ち上げて打ち当てれば反対側の玉が弾かれ、次はその鉄球の戻るエネルギーで反対側の鉄玉が飛び出す…。これは宇宙飛行士の若田光一さんが無重力の空間で静止しているボールに同じ質量のボールをぶつけたらどうならか…の実験と同じ原理ですね。でも、これも面白遊びの一つ。昔の玩具はこういう理科的仕組みを巧みに応用したものが多い。だから、遊びながら自然に理科的思考も養われる
 ③たとえば、剣玉、ベーゴマ、お手玉、綾取り、駒回し、鉄輪回し、ぶんぶんゴマ、振り回すと蛙・セミの鳴き声を出す玩具、地球ゴマ、糸電話、竹とんぼ、水の量で音程の変わる笛、だまし絵、静電気玩具、発電機、モーター…数え上げればキリがない。バレーボール風の地球儀(宇宙に出れば上も下もない。小松左京氏が地球儀を逆さにして世界を考える…なんて発想の転換を勧めていた)、手作りの手品…ああ、もう止めておこう。
 ここで遊びの道具としてあげたものはすべては昔の日本人が考え出した理科的思考と知恵による玩具である。日本の子どもたちの「理科離れ」が問題視されてから久しいが、それは子どもたちがまずは身体で感覚として理解し考える学びから遠ざかり、単なる記憶する科目と化してしまったことがあるのではなかろうか。

▼こういう玩具は頭で考えるだけでなく練習・訓練がとても大事。より面白みを体感するためには上達しなきゃいけない。たとえば、上記で漏れた竹馬。ちょっと足の位置が高くなっただけで世界がまるで違って見え、同時に歩くのが危うくなる。だから、剣玉にしろベーゴマ回しにしろとにかく上手になりたいと思えば、まずは上手な人の技をじっくり観察し、練習することだ。聞いて頭で理解しただけではダメ、身体で感覚として理解しなきゃ。できれば3枚羽のブーメランのように手作りして楽しむのもいい。
 今、休み時間には気晴らしや気分転換も含めて、そういう昔玩具に挑戦している子どもたちがいる。きっとお手玉を三つ使って挑戦する子どもの脳波を測ったなら、ストップウオッチを使って100マス計算に挑戦する子どもたちの頭よりもずっと脳が活性化していることを発見するのではないだろうか。
 ちなみに、最近の調査結果では、ニンテンドーDSの「脳トレ」は能力(脳力)の向上に何の効果もなかったことが分かったとか。もしかすると、100マス計算も同じではないのかな?もし、そうだとすると「頭が良くなる」という謳い文句に踊らされけなげにも頑張った子どもたちがちょっと可哀想だ

※十分校正する時間が取れないことが多いので、変換ミスなどの誤りがあることがあります。その時は、ご容赦ください。判読をお願いします。ご指摘をいただいた時、後で気付いた時は速やかに訂正いたします。


******************************************************
「教育落書き帳」(ブログ)
http://blog.goo.ne.jp/gootyokipapa/

「フリースクール・ぱいでぃあ」のサイト
  http://freeschool-paidia.com/

「いきいきニコラ」のサイト
http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/

******************************************************
 良ければアクセスしてやって下さいね。

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コーピング能力を培う接続教育----フリースクールでの関わりから

2011.02.04.00:47

中学3年生は、全員、私立高校進学を希望するにせよ公立高校進学を第一にするにせよ、12月頃までを目処に心身の立て直しと学力の増進を図り、最良の状態で年の暮れを迎え、来春の入試に備えたいと願っています。もちろん、その前に可能な場合には北辰テストなどの外部テストも受け、少しでも内申等調査書の評価に反映させたいとも願っています。

▼実際のところ、不登校生に対する学校の対応は各市町村でまちまちで、理解が深まり共通認識に至るどころか、逆に対応の仕方が拡散している現状さえあるように見えます。しかし、幸いなことに、県立高校を司る県教委のレベルでは、市町村レベルでの相違を超えてある一定の対応がなされるようになっており、今まで不登校だったからといって、何も無闇に戦々恐々する必要はないと言えます(学校によっては徒に不登校生の不安をあおるようなところもあり考えものです)。

▼例年、年明けの1月半ばから早々に入試の始まるところもあり、フリースクールでは受験生の子ども達のために直前の面接練習や「自己申告書」(「志願申告書」)等の作成にアドバイスをすること出て来ます。これが彼らの高校へ向けての羽ばたきの最終段階になります。しかし、いざ作文で自己の不登校の辿った過程をなるべく自分で得心のいく形で書くということになると、それを得意とする子もいれば、口では滔々と話せても、実際に作文用紙を前にすると固まってしまい、ほとんど筆が進まなくなってしまう生徒もいるのです。

▼いつの頃からか(多分、「小1プロブレム」とか「中1ギャップ」「中2病」とか言われるようになった頃からではないか)学校教育の関係者の間で「接続教育」ということが言われるようになってきました。これは一般に言われるように高校と大学との接続だけでなく、幼稚園→小学校→中学校→高校→大学→社会に至るまで、その各層において独善的な教育が行われてきた結果、各々その繋がりが分断されてしまっていることから起きていることなのです。
 実は不登校の問題も、単に目先の教育的配慮の不備に留まらず、もしかするとそこに遠因がありはしないかもと思っています。しかし、今ここでは触れません。

▼特に、学校を離れ長らく不登校生活を送っていた子どもの場合には、たとえ学力的にレベルをクリアーできたとしても、それで高校生活がつつがなく送れるようになるという保証はどこにもないのです。
 ちなみに、平成16年度の埼玉県の統計で見ますと、県立高校の中途退学者は3723人となっています(退学率は2.91%で、全国で2番目の高さ)。原因として学校生活・学業不適応が第一位を占めていますが、それは授業に出なくなったことの結果であって、中学校時代不登校であった子に対する接続教育の失敗がそこにあるように思えます。
 蛇足ですが、平成16年度の中学校の不登校生は5894人中学時代の不登校生の子ども達のうち過半数の子ども達が高校に進学して中退してしまうことになります。これは中学の不登校生の多くがフリースクールにも通わず(経済的な理由等から通えず)孤立した生活を送り、高校生活に耐えうるスキルを積まずにひきこもっていた結果だとも言えそうです。

▼しかし近年、相変わらずの教育行政による不登校対策の中で、中学校時代の不登校生にとかく不足しがちなコーピング能力を培い、自立を支援しようとする公立高校の動きが起きてきていることは注目に値します。都内のチャレンジスクールの中にもそういう高校が生まれてきました。これは民間のフリースクールやサポート校の実践を調査・研究した結果なのかもしれません。
 問題は民間で積み上げた教育実践の成果を、公立という枠組みの中でどのように、どこまで活かしていけるのかということでしょうか。一口に不登校生と言っても様々です。ナイーブで対人関係が苦手な子ども達もいれば、放っておけば糸の切れた凧のように浮遊したり非行に走る子ども達もいるのです。ただし、それは本人の責任というよりは、そういう育ちをさせてしまったその子の周囲の環境にこそ問題が潜んでいるとも言えそうです。

▼今、コーピング・スキルを取り入れた新設の高校にチャレンジするために、最後の作文の仕上げに取り組んでいる中3生がいます。私どもでは毎年、高校に進学してその生活をエンジョイし自らの可能性を最大限に開花させるために「接続教育」を行っていますが、今年度は図らずも「コーピング」を謳い文句とする公立高校の出現によって、その高校を目指す生徒と実践を交えてやり取りすることにもなりました。しかし、これはとても大事な取り組みだと思っています。
 「志願申告書」に幾つもの項目に渡ってかなり詳細に記述する作文は、その記述そのものを通してその子のコーピング能力の有り様を把握できるものになっています。ですから、「自分の求めるものがこの高校にはある」との幸運な出会いをしたその子が自分で納得のいく作文を仕上げたなら、その時、その行為自体によって彼はコーピング・スキルの一つを自ら成し遂げたと言っていいのかもしれません。さて、どんな形で仕上げるのか----楽しみなことでもあります。


******************************************************
「教育落書き帳」(ブログ)
http://blog.goo.ne.jp/gootyokipapa/

「フリースクール・ぱいでぃあ」のサイト
  http://freeschool-paidia.com/

「いきいきニコラ」のサイト
http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/

******************************************************

 良ければアクセスしてやって下さいね。

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村


theme : 高校受験
genre : 学校・教育

プロフィール

Bakiller

Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR