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■子ども達の「漢字学習」に思うこと(2)─漢字学習の一方法

2010.09.15.17:13

※「インプットからアウトプットへ」をお休みして─新聞の記事から─
kanjirensyuutyou  漢字練習帳の見本 

▼こういう漢字の練習を取り巻く状況の変化自体はいい。しかし、それによって子ども達の漢字の覚え方が変わったわけではない。未だに愚かな方法が教師や父母の間で続いている。小学校の漢字の覚え方がその典型だろう。
 そもそも漢字は何のために覚えるのか?もともとは漢字も外来のものであるが、すでに日本語と不可分であり、日本語そのものとなっている。そして、漢字を覚えることはそのまま語彙を増やし表現を豊かにする為に直結している。日本古来の和語だけでは日本語の豊かさを十分に発揮するわけには到底いかないのだ。だから、日本語の上達のために漢字の学習は欠かせない。
 ところが、この漢字の学習の仕方が10年来、いや100年来あまり変わっていないように見える。これは変わらない方がいいか悪いかという問題以前に、習得させるための工夫が何ら為されて来なかったように見える。

▼例えば、ここに「暗」という字がある。これを昔の教師は子ども達にどう覚えさせたか。筆順も含めて、10個くらいずつひたすら書かせたものである。暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗…。そして、子ども達が間違いなく書けるようになればそれでOKであった。それを現実にどう使いこなすかということは問題ではなかった。これは昔の教師の教え方である。
 ところが、学校においても家庭においても、いまだにこの方法が採用されているらしい。相変わらずこのように書き連ねることが子どもが漢字を覚えるためのノルマとして課されている。だから、今の子ども達も昔と同様にひたすらこの作業を繰り返すのだ。教員の教育研究の成果とやらはどこにあるのだろうか。

▼この頃、巷でも教育界でも盛んに「学力低下」だの「表現力」の貧しさだのが喧伝されている。そして、学校も家庭も何とか子ども達にそれらの力を養うために必死のようである。だが、効果的な方法は顧みられず相変わらず根性論的な指導法を繰り返しているのみ。これでは学校教育に希望はない。
 ちょっと工夫してみてはどうなのか。「暗」という漢字を例に取れば、それが新出漢字であれば、その理解を助けるために音訓や部首名、筆順などが載っている。また、何回もその漢字を書く練習をするマス目が用意されている。それが漢字練習帳の通例だ。そして、「+α」のようにその漢字を使った熟語や用例、簡単な意味などが添えられている

▼しかし、大事なのはむしろこの後者の方なのだ。もしそこにスペースがなければ、どんなものでもいい、短作文を書くためのノートを一冊用意することだ。そして、「暗い、暗やみ、暗に、暗記、暗黒、暗算、暗示、暗室、暗唱、暗転、明暗…」などの用例を理解させるだけでなく、その用例を用いた自由短作文を実際に作らせるのである。
 これもインプットからアウトプットへの学びへの一例と言えるだろうか。漢字は何のために覚えるか─そう考えれば、その漢字を使って自在に表現できなければ意味がない。何も「漢字教育」なんて大仰に構える必要はない。言葉(漢字)を使ったお遊び、ゲームで結構である。こういう用例を用いてアウトプットの学びをすることによって、子どもは体感的な様々な学びをし、豊かなイメージを繰り広げることができる。言葉を使うことによって人は人となる─子どもが漢字を学ぶことの大きな意味の一つは正にそこにあるのだ。

▼これは単なる一例に過ぎない。日本の教育は決してレベルが低いとは思わない。しかし、教員等の教育への向き合い方、捉え方がとても歪(いびつ)で否定的に見える。ほとんどが愚痴と言い訳である。が、「あれがないこれがない」「あれもダメこれもダメ」─言っても詮ないことである。むしろ、そのようにしか言い訳が出来ず適切な方途を思い付けないことこそそ恥ずべきであろう。それでは、その教師自身も「◯◯がないから出来ない」と駄々をこねる子どもと同じレベルだということだ。
 具体的にそれをただす方策をこそ考えるべきである。何も完璧なものでなくてもいい。とりあえず、現実的に可能な一歩からやってみることだ。子どもの理解や目線に沿って、どんなやり方が効果的なのか考えてみるといいだろう。

▼間もなく小学校に全面的に英語の学習が入る(週1回、小学5年・6年を対象に)が、今、子どもの英語教室を覗いてみると、子ども達が実に屈託なく言葉を発し戯れている。そして、みるみるその感覚を掴んでいくようだ。ある人はこれを見て「それは英語のお遊びだから…」と思うかも知れない。しかし、その「お遊び」によって「お勉強」よりも効果をあげているのだとしたら…。
 それに、英語の学習でできて何で日本語の学習では不可能なのか。それは言葉の問題なのだろうか。今後、英語が小学校に全面的に導入された時に、もしかすると今の漢字学習のようになってしまうこともあるやも知れぬ。そして、小学校から英語嫌いの子ども達が生まれてくる…そんな一抹の不安を覚える。現に今、中学校での英語学習をみても感じるところである。英語学習によって新たな苦行がまた一つ増える─そうならないことを願うばかりだ。

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■子ども達の「漢字学習」に思うこと(1)─筆順を考える

2010.09.12.13:35

sinjyouyoukanji


※「インプットからアウトプットへ」をお休みして─新聞の記事から─

▼2010年9月8日の読売新聞の朝刊で、<11月に現行の常用漢字表(1945字)に追加される予定の196字について、文部科学省の専門家会議は7日、小学校の授業では取り入れず、中学校で「読み」について教える方針を固めた>と報じていた。漢字の読み書きも時代に連れて、またパソコン等の普及などで変わっていく時代になったということだろうか。これによって漢字の「書き取り」そのものには大きな変化はないのかも知れないが、中学校での「読み」にはかなり変化が生まれるのかもしれない。ただ報道そのものには特に目新しいものではなく、「これでまた市販の漢字練習帳が変わるのかな?」と感じた程度である。

▼以前は読みも書きも同じレベルが要求された。つまり学年の「新出漢字」は読みも書きも覚えさせられたものである。しかし今は「書けなくても読めればいい」という新たな基準も出来ている。例えば、「欝」などはその典型だろう。正直なところ、私も読めはするが辞書を見なければもうこの字を書けない。ただ、画面の字面からこれでよしと判断するだけである。だから、今までの新聞のように平仮名で書くこともあったが、平仮名では今度は目立たず埋もれてしまう。そこで「かっこ」で括るとか、カタカナで表記することもあった。
 これもパソコンや携帯電話での入力が一般化したことの影響だろう。英語では考えられないことが漢字の世界では起きている。(逆に、自分では書けないようなやたら難しい漢字を並べることもできる。ただ、基本的に文字は読まれるために書くものであるから、自分で手書きできないような文字を表記したいとは思わない)

▼さらに大きな変化は、書き方そのものにも起きている。今でもそうだが、小学の教育漢字の場合には「筆順」というものが重視されている。これを会得していると綺麗な文字が書けるのだとか(というのは、どう練習したところで、私の書いた字は人様に見せるレベルにはならない。パソコンさまさまである)。
 しかし、筆順というのは本来は決まりがなかったようであるどうも学校現場の教師が決まりを作るよう文部省に訴えたらしい。そこで、文部省では恣意的なものも含めて筆順というものを決めたらしい。
 「筆順指導の手引き」というのを文部省(現文部科学省)が作り、学校ではこれを元に指導している。しかし、この中にも「他を否定するものではない…」と明記されているという。
 ところが、そうなると不思議なもので、文部省の断り書きとは裏腹に、今度はそれがお上から達しのあった絶対的な基準として一人歩きをして、遂にはテストで◯×の対象とまでなってしまったのだ。
 どうも日本の教師は自分で自由に考えたり、その子にふさわしい教え方を考えるよりは、これが正しいという絶対的な基準を求めるところがあるようだ。そういう教師が生徒には「自分の頭で考えろ」というのは矛盾ではないか。(「自分で考えろ」ということは、教え方がわからないということと同義のこともある)

こんな下らない決まりのために、今までどれだけの子ども達が「間違ってはいけない」という思いで自分を縛り、間違いだと言われては出来ない自分に涙を流したことだろう。愚かなことだ。しかし、この決まりもさすがに中学校までは持ち込まれなかった。常用漢字全部に筆順をつけることはもはや不可能なことであったろうし、漢字は文化でもある。文部省の役人やその関係者が勝手に決めてそれでいいという法があるわけがない。
 そういうこともあり、またパソコン等によるデジタルの筆記が普及するに付け、この馬鹿げた筆順の決まりを覚えることが少しずつ緩んできたのは喜ばしい変化である。以前ははねたり止めたりすることも厳格であり、少しでも間違えばたちどころに×をつけられたものだが、最近は筆の勢いということも含め、パソコン等の記述では筆順自体が問題にならないこともあって、あまりうるさくなくなってきた。
 やがてはこれが筆順の指導にも及んで、筆順も問題にならなくなることを願うものである。そんな下らない細部に拘ることは全く意味がないのに、小学校の先生になろうとするためには真っ先に筆順をマスターすることが必須条件であった。そういう時間があったら、それを表現のトレーニングに向けるとか、もっと生産的な方法がありそうなものである。
 何せ「えっ、アルファベットにも筆順があるんですか!」と英米人もびっくりの規則を日本の教師は求めたがるのだから。日本の教師は何を考えているの!どうなっているの!と苦言の一つや二つも呈したくなる。

(2)に続く

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