不登校児童生徒を抱える学校現場に望むこと少々

2016.01.23.15:06

不登校児童生徒を抱える学校現場に望むこと少々

現在の日本の学校教育である種の子ども達が「不登校」(この言葉は好きではないが)なることはやむを得ない、避けられないことだと思っている。ここには先進諸国が共通に抱える近代学校教育の問題があるが、同時に日本の学校教育が抱える独特の問題もある。

だから、現代の学校の現場にはある一定の不登校の児童生徒達が存在することは当たり前のことであり、殊更隠すことでも卑下することでもない。「我が校にはいじめは存在しません」と言うのと同じである。否定する方が不自然であり、「どんな対応をしているのかな」と考えると却って怖い。
いや、むしろ今こそ「我が校にはいじめも不登校のあります。でも、少しでもそうならないように頑張っています」と言うべきではないか。その方がよほど児童生徒や保護者の信頼を得られるだろう。

殆どの親御さんや保護者の方達は「学校を信頼したい」と思っている。また、我が子が不登校になるとも思ってもいない。
だから、我が子が突然「学校に行きたくない」とか「もう学校に行けない」という事態は、親御さんに取っては正に青天の霹靂、寝耳に水の出来事なのである。それまで「もしや…」「まさか…」と思っていたとしてもである。

学校が親御さんや保護者の付託や信頼を得たいと思うならば、見え見えの下手な言い訳や言い逃れをしないこと、厳正にかつ謙虚にその事実と向き合うことである。そこからいじめや不登校への実りある対応が始まるのではないか。

もし、それを望むなら、いじめや不登校とは当該の学校教育にとってどういう問題を持っているのかを教職員で確かな理解を持たなければならない。そして、現在の段階で出来ていることと出来ていないこと、いじめや不登校の実態を実数を含めて明らかにすることではないだろうか。

(この話題、続く)

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間違わないための学校選び(2)−−−−不登校の子どもの教育支援:フリースクールとサポート校

2014.01.03.01:55

間違わないための学校選び(2)−−−−不登校の子どもの教育支援:フリースクールとサポート校

▼明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。皆様にとりまして、よき一年であることを願っております。不登校にめげず、それを肥やしにしバネにして、希望を持って歩みましょう。

▼さて、宿題の「間違わないための学校選び」ですが、受験生のご家庭ではもうほとんど決められたことでしょう。この段階で「そんな!」という気持ちでしたら、学校選びそのものに問題があったということになりそうです。たぶん、あり得ないことですね。公立と私立を掛け持ちするような生徒の場合は、昨年暮れの段階で併願確約等をもらっています。

▼そもそもこの「間違わないための学校選び」のような情報が必要になるのは、私達のように独立した受験・進学支援活動やっているフリースクールとか、ホームスクールや家庭教師でやってきた子どもとか、もっぱら家庭の中だけで過ごした子とかの子どもたちであり、そこからさらに受験・進学という次のステップへ進む用意をしている子ども達の場合ということになります。

▼実は、上記の説明では一つだけ何か大事なことが語られていません。お気付きですか?そうです。今、多くの不登校の子ども達の進学の受け皿となっているサポート校とか技能連携校(専修学校)等にはまだ触れていません。今、これらの学校には、あたかもそこが正規の学校であるかのように中学部や小学部さえも併設されている所が多くなっています。どうなっているのでしょうか。
 さらに、このような学校群は一般に民間立のオルタナティブ・スクールと総称されるものですが、このような学校群は、普通の公立学校や私立学校とどこがどう違うのでしょうか?
 そのあたりもどなたにも理解できるように、なるべく分かりやすく説明したいと思います。

▼日本の「学校教育法」を見てみましょう。その第一条には次のようにあります。
「この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。」
 先ほどのサポート校や技能連携校等の記述はここにはありません。つまり、文科省の認可する「学校」とは、一般の方もご存知のように、国立学校、公立学校、私立学校のことで(これらを一条校と呼びます)、(この中には、全日制高校だけでなく定時制高校や通信制高校も含みます)、サポート校や専修学校などは日本の「学校教育法」で文部科学省が認可する「一条校」の規定には入っていないのです。

▼もう20年ほど前、私達が不登校支援の活動を始めた当初は、東京でサポート校の産声を上げたばかりで、とにかく全国に不登校支援と不登校を大量に生み出す教育があることを教育行政にも理解してもらい、世間にも訴えてその正当性を認知してもらうことが急務でした。
 ですから、誤解まみれで腰の思い教育行政を待つことなく、まずは民間でやれることをやっていこうという機運でした。

▼しかし、まだ埼玉には受け皿が一校もありませんでした。そこで、まずはそれぞれ先駆的な活動を始めた民間の機関や団体をわざわざ埼玉には招いての開催となりました。
 その時には、日本で最初に立ち上げたサポート校・東京文理学院も含まれていました。でも、単独では「学校」の資格はありませんでした。そこで、既存の公立の通信制高校と連携するという、いわば法の抜け道を活用したユニークな不登校支援の教育活動の誕生でした。

▼とにかく、中学を追い出されれば行く場所のなかった不登校の子ども達も、5年もすればもう成人です。でも、社会参加もできず、学力もないままではこの先、大学はおろか社会人としてもやって行けるはずもなかったのです。
 ですから、不登校への正しい社会的認知や理解を広げて行くとともに、不登校の子ども達へのセーフティネットを形成すること−−−それが何よりも急務であったのです。
 しかし、果たしてその後、不登校支援の活動は順調な進展を遂げたのでしょうか…。

※(3)に続きます。

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不登校の子どもの願望と現実と

2013.03.26.16:14

出来なかったことを望む子ども達、出来ないことを望む子ども達

長く不登校の子ども達と接していると、そういう子ども達に特徴的な様々なことが手に取るように見えてくる。しかし、親御さんも含めてまだ人生経験の浅いかったり不登校問題に精通していない人の場合にはその表面の現象しか見えていないことが多い。また、過去に同様の体験のある人の場合には自分の個人的な体験に引き寄せて見てしまうことも起きてくる。そのため、その子のために《良かれ》と思ってやることが早とちりや的外れであることがしばしば起きる。当事者の実際の思いは他にあったりするのだ。目に見える表層的な現象の向こう側に何が見えるか見えないか…それがとても大事なものの見方である。しかし、それが自然に体得できるようになるにはそれなりの年月や体験に裏打ちされた専門的な理解も必要になる。頭でっかちの机上の学問ではダメである。一種の専門的な職人的技と言っていいかも知れない。

▼その実例には事欠かないが、ここでは不登校になった子どもがしばしば口にする幾つかの特徴的な言葉に限定して考えてみたい。「たくさんの友達がほしい」「勉強ができるようになりたい」「自信を持てるようになりたい」…。みな正直な告白である(何も言えなくなった子もいるが)。それは多分にその子を非難した外部の者が貼ったレッテルの言葉から来ている。その子が不登校になった切っ掛けも多分そこにある。だから、そういう言葉を自ら口にするのは、「自分はダメな人間なんだ」という自己確認であり「どうせ自分なんて…」という自己諦念(あきらめ)の告白でもある。事実か事実でないかということは問題ではない。不登校になった子ども達は概してそういう風に自分を思い込んでしまっているということである。

▼ところが、不登校の子どもに接した経験が浅いと、どうしてもその言葉を額面通りに解釈してしまう。そして、そうすることが《子どもの味方》になること、《子ども理解》の最良の方法だと思ってしまう。しかし、言葉は自分の思いを表現する手段にもなるが、自分の思いを華やかに飾る衣装になったり、自分の素顔を隠すための仮面や符丁になる。それが言葉による表現がまだ十分ではない小中学校の子どもの場合にはなおさらである。さらに、子どもの体験や行動が限定的なものであったなら、その言葉もそういう傾向を強く帯びる。物の捉え方や考え方が必ずしも客観的とは言い難いことも多々起きてくる。不登校になった子どもの場合はどうしても引きこもりがちになり自己否定的になるのは避けられない。判断する材料も知識も限られるのでその傾向もいっそう強くなる。不登校の子どもが語ることは間違いなくその子にとっては真摯なことには違いなかろうが、そういう限定の下で発せられた言葉であることを支援者は十分に承知していなければならない。

▼ところが、これが意外に難しい。それに子どもの保護者である親御さんの冷静な理解がなかなか得られない。本来、《子どもを愛する》ということは、子どもが欲しがるままに玩具やお菓子を与えたり苦労なしの便利な道具をあてがうことではないはず。昔から《かわいい子には旅をさせよ》と言われた。しかし、実際には、我が子かわいさのあまりか、そうではないことが横行している。そういう親御さんがよく言い訳のように口にする。《子どもがそう言っているから》《子どもがそうしたいと言うから》と。子ども自身は他に選択肢が思い浮かばず、親への助け船の願望も込めて、取り敢えずその場しのぎの符丁の言葉を使ったに過ぎない。だが、庇護者である親や支援者がそれを理解できず《子どもが言うから》と言う。これでは本来の支援にはならない。

周りの大人は不登校の子どもの願望と実際をしかと見分けなければならない。長い射程の達成課題と当面の課題とを区別することだ。とかく学齢期の子どもは学校での見聞や価値観で判断するすることが多い。いや、それしか思い浮かばないのだと言った方がいいかもしれない。たとえば《友達がいっぱい欲しい》という願望も《友達がいっぱいいる子は素敵な子》という学校的価値観の反映だ。実際には今その子に友達が誰もいないことが多い。しかし、その子の望みに従って大勢の子と対面させたらどうなるか。その子は逃げ出すしかないだろう。実際にその子に必要なのは大勢の友達ではないし、取って付けたような見かけ上の馴れ馴れしさでもない。まずは一人か二人、その子の気持ちに寄り添ってその気持ちをじっと受け止めてくれる人なのだ。不登校の子どもの発する一つひとつの言葉にそのまま反応していいものかどうか、不登校支援に関わる者はよく考えなくてはならない。

▼今まで不登校は《病気ではない。多様である。よく分からない》と言われてきた。しかし、そう言われてからゆうに20年の歳月が過ぎた。その間、私達は学校任せや医者任せにしないで、じっくりと直に子ども達と接してきた。そういう目から見ると、不登校問題は決して子どもの側ばかりの問題ではないことが自然に分かってくる。大人たちの都合で《そういうことにしたい》だけの話である。子ども達の極めてまっとうな求めに応じられない近代学校教育の矛盾が見えてくる。学校関係者は不登校や学校教育制度から外れてしまった子ども達を問題視することが多いが、基本的に彼らは加害者ではなくそういう教育制度の被害者である。子どものための教育であるはずなのに、今の教育は子どもを学ぶ主体には置いていない。

▼まずは不登校の子どもたちの心の叫びを聴く耳を持とう。彼らは視力を失い闇の中でもがくヘレンケラーにも似ている。実際に場面緘黙となり自分で言葉を発することができなくなってしまった子ども達もいる。だからこそ、本当に子どものためを思うならば、ただ唯々諾々と子どもが発する符丁の言葉に従えばいいということにもならない。彼らは助けを求めているが、助かるための方法をまだ知らない。それを理解しなければならない。また同じく、口当たりのいい言葉で不登校の子ども達をターゲットにする教育ビジネスに惑わされないだけの見識をも併せ持ちたい。広告の言葉も様々なら人工甘味料を利かせた言葉もいろいろある。(社会が資本の論理で動いている以上、教育分野であろうとビジネスを否定するつもりはない。承知した利用の仕方をしようということ。)時には《良薬は口に苦し》という言葉も噛み締めたい。

▼要は不登校の子どもたちが本当に求めているものは何なのか?ということ。問われているのは、彼らの周りにいる親や大人の我々一人ひとりなのだと思う。(もちろん、彼らが親や大人のペットであっていいはずもない。)


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不登校・フリースクールを取り巻く現実と理想と(2)

2010.07.05.18:42

▼教育行政の行った「不登校理解」の実績はどこに
 学校には「不登校理解」のための様々な研修があるそうな。でも、実際に学校を離れた子ども達のために、不登校生がいなくなった学校で、どんな不登校理解が出来るというのだろうか。私達が不登校の子ども達のための本格的な活動をはじめて15年になるが、「不登校理解のため」と称して、この15年の間に一体どれだけの教育公費という名の税金が教育行政の側に注ぎ込まれただろうか。そして、一体どんな成果を上げただろうか。
 埼玉県の「不登校対策事業」の作成に民間のフリースクールからはじめて参加してその叩き台を作り上げたり、不登校生のための「スーパーサマースクール事業」の設立に参画した者の立場からもそんな思いが拭い去れない。
 もし、それだけの不登校対策費が実際に不登校になった子ども本人やその親御さんや我々フリースクールのような不登校生を支援する現場で有効に使われていたなら、今よりは不登校の人数はずっと減り、不登校というものの理解ももっと進んでいたのではないかと思え残念でならない。

▼新聞記者の「高校無償化」の取材
 そういうこともあってか、今は総選挙の真っ最中、それぞれの政党のマニフェストや今までの実績等が主要な争点となっている。だが、ここでも「言うは易く行なうは難し」で、その言葉の中身を検証してみなければならない。そういうこともあってか、ある新聞記者が電話をかけてきて、「高校無償化」についてフリースクールの意見を聞きたいとのことであった。電話で長話もなんだから…とよければ取材に来てもらうことにした。

▼実際の新聞の記事の作られ方
 世の人々は新聞に対して大いなる幻想を持っていらっしゃる。専門家(あるいはそのレベルの人)が取材し専門的な視点から記事を書いているのだろうと。ああ、本当にそうならいいですねえ。でも、実際は、記者といえども(いや、記者だからか)なんにも知らない。特に教育関係は昨日まで警察回りをしていたような記者さんが「今度、教育担当になりまして…」などと言ってやっている。
 私も10年近く教育雑誌の編集&発行を行って、何人かのそういう記者さんたちを身近に見て知っている。現場での出来事や問題がどういうフィルターを経た後、どういう記事になっていくのかも。「そんなに教育に疎い人たちが実際に新聞の記事を書いているの?」というのが率直な感想だ。これでは現場から記事を掘り起こすなんて無理な話。せいぜい役人の大本営発表を垂れ流すことくらいしか出来ないだろう。

▼編集方針に適ったものだけが記事になる
 我々専門雑誌などの場合と違って(同じ場合もあるが)、新聞には既に出来上がっている枠(編集方針)がある。世の人々よ、驚くなかれ、多くの新聞記事は現場から吸い上げられ記事化されるのではなく、その新聞の編集方針に沿う形で記事が創作され、その出汁(ダシ)として現場での出来事が利用されるのである。だから、新聞の取材とは言っても、既に出来上がっている記事の味付けに現場での実際の材料が欲しいだけである。だから、もし、こちらの答弁がその新聞の趣旨に合わないものであれば一行も載らないこともあるし、よければ尾ヒレがついて報道されることもある。素材はあってもどう味付けし料理するかはその新聞社の方針一つである。(これは新聞に限らずマスコミの常套手段である)

▼「高校無償化」はどれだけメリットがあるか
 さて、実際に来られたある新聞の記者さんは、大学を出てまだ間もないのではないかというように若い。だから、ここはどういうフリースクールかという多少の下調べはしてきたようだが、専門的なことになるとまるで何も知らない。正直言って親御さんほどの問題意識もない。
 そういう若い記者さんが「高校無償化」についてどう思うか、実際にフリースクールに通っている高校生はそのメリットをどう感じているのか…と聞いて来た。高校にはいろいろなタイプがあり、それによってメリットの多少がある。しかし、うちで扱うような通信制や公認レベルの高校生にはあまり喧伝されるほどのメリットはない、というのが実際のところだ。

▼義務教育の完全徹底を─高校無償化の前にやるべきこと
 しかし、こちらで話したかったのはそういうことではない。「子ども手当」にせよ「高校無償化」にせよ、現実に経済格差で苦しんでいる人がいる以上、基本的には賛成であると。が、「その前にまずやるべきことがあるのを忘れてはいませんか」と。義務教育は無償と言いながら、不登校の子ども達は教育公費を受けられず教育棄民の状態にある。これをまず何とかするのが先ではないか。そうでなければ、また<それ、やりました>と公務員の免罪符の言葉を増やすだけに終わってしまう。バラマキではなく、必要とされる人に確実に届く税金の使い方をして欲しい
 その他、使い走りの取材に来たような若い記者には、すべてが初めて聞くような事柄であったようで、教育を考える様々な情報を彼の時間の許す限り話した。が、果たして「高校無償化」の話を含め、その新聞の記事に使える情報はあったであろうか。恐らく、何も記事には使われないだろう─そう思った次第である。
 「教育が問題だ」─とマスコミも言うけれども、今のマスコミはぶら下がり報道とか記者クラブからの報道はするが、一体どれだけ現実を腑分けした報道をしているであろうか。現場に生きる人間にはそう感じられて仕方がない。

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不登校・フリースクールを取り巻く現実と理想と(1)

2010.07.04.00:16

▼フリースクールでの現実の対応に追われて
 本当は、「漫画で作文」の実践を具体的かつ理論的に理解して頂くためにも、「視覚的映像認識から論理的言語表現へ」などのテーマのもとに話を進めたいところ。しかし、子ども達の勉学等の活動に接したり、外部から来られる様々な悩みを抱えた方々の相談にのったり、現場で日々の業務を行っていると、一つの文書を作るにせよ、活動の狭間でしたためるしかなく、研究者然とした時間はまず取れない。

▼学校の先生とは「忙しさ」の実態が違う
 いや、「毎日が忙しい」と悲鳴をあげておられるという学校の先生と比べても、ずっとずっと私達の方が時間の余裕がないのではないだろうか。「忙しい」と不平は言っても、学校の先生方は少なくともそれで生活が保証されている訳だ。自身が「登校拒否」の先生であっても、バカな事件を起こして首にでもならない限り、その生活は保証されている。我々のようにスクールを維持するために身銭を切るなどという愚かしいことを一切する必要はないわけだ。
 だから、学校の先生が「忙しい」という事態は決して喜ばしいことではないが、教育公務員の贅沢な不満に聞こえなくもない。「政権交代」が実現しても一向に変わらないばかりか、出来なかったことを免罪符とするような動きを見て尚更にそう思う。

▼「不登校」という現実に向かい合う
 というわけで、何ら教育公費の支援を受けていない我々フリースクールの運営者やスタッフにとって、自分たちの教育活動を維持することだけでも大変な状況にあるが、これはどこのフリースクールでも同じ様だ。しかしこれは、我々だけの問題ではなく、実際に不登校となった本人やその親御さん達には「アンビリーバボー」な現実に直撃されることになる
 我が子が学校を離れるというそれだけの行動をとっただけで、親の委託によって教育権を国家が保障する義務教育制度から我が子は放り出されることになるのだ。日本では─外国では考えられないことだが─「教育を受けること」=「学校に通うこと」と同義だからである(「これ、とてもおかしい」)。
 その結果、子ども達は教育公費による一切の援助を受けられなくなり(それでも学校に回されている不登校生分の教育公費は教員の人件費等に消えているようだ)、いわば「教育棄民」とでも言うべき状態に置かれてしまい、下手をすればこのまま引きこもってしまうのではないか、という不安で一杯の現実に初めて直面するわけである。

▼認められない子は自分を責め他を責める
 そういう不安を抱いたご家庭の中で、ある程度経済的に─我が子のためならば─支えられるとお考えになった方々が、私達「ぱいでぃあ」のようなフリースクールの門を叩いて来られる。でも、そういう親御さんは全体の不登校生のうちの何%かに過ぎない。大部分の不登校生の親御さんはまだ若く、経済的に独自に支援することは大変なことである。
 だから、圧倒的多数の子ども達は、最初の頃は相談室や保健室通いをしたとしても、フリースクールに通えるだけの経済的余裕はなく、やがて自虐的なマイナス感情で一杯になり家に引きこもるしか選択肢がなくなる。家でも家人からも理解が得られない場合には自室に鍵をかけて閉じこもるか、自傷行為に走るか、家の壁が突き抜け鉄骨が剥き出しになるような破壊行為を見せたりもする。現場で撮ったそういうリアルな映像もある。

▼自死を遂げた子ども達も…
 そして、時には、自死を遂げるに至ることもある。今までにも、何人もの親御さんが我が子が身を投じたり、自死を遂げた後に私どものところにやって来た。でも、事前に判ればフリースクールにでも救いを求め、食い止められたかもしれないその子の命も、行為の後ではどうにもならない。
 その子が自死した後、その親御さんが自責の念に駆られ、どんな後悔の手記や出版物を残そうと、その子は戻っては来ない。逆に、そういう手記を書き綴り、記憶の中で反復し、どうにもならない現実に悶々とすることほど人の精神を傷めつけるものはない。
 もしかして、その当事者でなかったなら、その事件の現場が学校であろうと、自死のきっかけに教師が絡んでいようとも、言い繕い、言い逃れ、仕事と割り切り、忘却の彼方へ連れ去ってしまうことも出来るかも知れない。だが、親の場合には、一生悔悟の念が脳裏から離れることはなくなる。そして、毎日が生き地獄のような生活になってしまうのだ。

(続く)

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不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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