薬ではなく日々の活動を通して---不登校からの立ち直り

2015.05.15.12:03

薬ではなく日々の活動を通して---不登校からの立ち直り

▼「脱・不登校」いわゆる「不登校からの立ち直り」には、不登校になった要因やきっかけが多様であるように、個々人に応じて様々である。お定まりのパターンがないようにも思える。そして、そのように接するのが「正しい不登校理解」のように思われている節さえある。

▼が、ちょっと待ってもらいたい。それもまた「机上のパターン思考」ではないのか?学校教育の現場では「生徒指導のマニュアル」で頭を満たし現実に目の前にいる生徒が見えなくなっていることがしばしばある。学校の先生の不登校理解も、そういうマニュアルを通して見るがために逆に現実に悩んでいる生身の子どもが見えなくなっていることも多いのではないか。

▼実際に子どもが不登校になった時に、親や教師はどういう行動をするだろうか?「不登校は病気ではない」と一般には言われる。だが、子どもが不登校になった時、親御さんの取る行動の中で最も多いのは「不登校専門の医療機関や相談機関」に行くことではないだろうか?学校の教員が生徒やその親御さんに真っ先に紹介するのもそういう機関ではないだろうか?
奇妙な分業化が進んだ現在、生徒が不登校になったら、教師は自分の教育的関わりを放棄して、専門機関に丸投げするのである。

▼確かに「餅は餅屋に」という喩えはある。だが、それは学校の教師としての責任放棄ではないかと第三者には映る。教育者としては素人の医者の一言で---「不登校は病気ではない」と言われているにもかかわらず---教師はあっさりと自らの教育的責任を放棄してしまう。その上、一端学校を離れてしまった生徒には、教育行政としてみればまだ法律上無償とされる義務教育段階の子ども達であったとしても、そのような経済的支援は一切行わず、最終的に家庭が自らの手で子どもの教育支援を行うことを諦め、不登校になった子どもがその行動を悔い改めて学校に戻ってくることを待つ、という寸法である。

▼だが、それで子ども達は本当に立ち直れるのだろうか。かなり長いこと不登校支援を行ってきたが、寡聞にして医者の薬だけで不登校から完全に再起したという例を知らない。その逆の例なら数多となくあるのだが。
また、生徒の単なる怠けならいざ知らず、本当に心身ともにボロボロになった生徒がただ家庭にいるだけで学校復帰が可能になったという例も知らない。
学校側は生徒の心身が立ち直ったのかどうかはあまり重要視しない。学校復帰すればそれで解決なのだ。あとは年齢主義に従って、学業が出来ていようがいまいが卒業させてしまう。それでめでたくお仕舞いと考えているのかもしれない。

▼「フリースクール・ぱいでぃあ」に通う生徒の中には、小学校や中学校の途中で学校復帰する生徒もいる。でも、そうなるためには、不登校の子どもを真ん中にしてぱいでぃあと学校と家庭との連携が欠かせない。何よりも本人が身も心も頭脳(教科学習)も学校の授業に完全に対応できるものになっていなければならない。だから、ぱいでぃあでは、全員にそういう日々の支援と同時に、毎月の通級報告などを通じて学校との連携を行っている。
こうして、本人が様々な要件を満たして復帰が可能な状態になり、本人が学校でもう一度挑戦してみたいと望み、学校側もそういう用意・条件が整ったとき、学校復帰が可能となる。もちろん、「卒業までずっとぱいでぃあでやりたい」と思えばそのままいれば良い。だから、吹き溜まりのように進路が開けずにいつまでも留まる子どもは誰もいない。

(No.2に続く)

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theme : 不登校
genre : 学校・教育

小学6年生の答辞---ぱいでぃあの卒業式から---からの感想

2014.04.05.21:54

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「ぱいでぃあ卒業式」風景から

▼小学校6年生の答辞から---感想を添えて

▼先に、不登校になってぱいでぃあに通って再起を図り、半ば諦めかけていた全日制普通科の公立高校に無事合格し、夢実現に向かって飛び立つ中学3年生の答辞を紹介しました。
 今度は、個性的な性格のため不登校になり、本人に合った中学を探していたご家族が、ぱいでぃあに我が子を通わせる中で次第に自立心や集中力を向上させ、学力も高め、当初の目標は滑り止めにして、余裕を持って都内の中学進学校に合格させることに。小学校6年生の答辞を紹介します。

▼皆さんに伺います。「帰国子女や転校生に不登校の子が多いようですが、なぜだと思いますか?」
 その子の問題ではないのは確かだと思いますが---。

では、小学6年生の答辞をどうぞ。
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 本日は、僕たちのためにこの様な卒業式を挙行していただき、ありがとうございます。

 僕は小3の春に埼玉へ引っ越してきました。しかし、僕が転校してきた学校には僕の苦手とする押しの強い生徒が多かったため、僕は段々と友人との人間関係に疲れを覚えるようになり、次第に学校も休みがちになって行きました。そしてやがて、僕は全く学校に行かなくなりました。小4の春のことです。明るい気候とは裏腹に、僕の心は暗く沈んでいました。

 こうして僕の3年間にわたる不登校生活が始まったのですが、当初僕はただ何もせずたまに病院へ行くだけの生活が続いていました。「このままでいいのか?」という不安を抱えながらも何ができるわけでもなく、時間ばかりが流れるように過ぎていく。

 そんな僕に転機が訪れたのは、小5の4月頃のことでした。ある日、僕は母と「フリースクールぱいでぃあ」というところに見学に行くことになりました。見学に行ってみたところ、僕はぱいでぃあの雰囲気がすぐに気に入り、ぱいでぃあに通うことを決めました。

 さて、ぱいでぃあでの2年間はとても充実した時間でしたが、その中でも特に、週に3回程度あるスポーツを毎日とても楽しみにしていたことを覚えています。天気のいい日にサッカーやテニスをしたことは、今となってはいい思い出です。

 また僕は、ぱいでぃあにおいて、自分の明確な意思を持つことの重要性を学びました。僕が中学受験を潜り抜けることが出来たのも、必ず合格してやるという自分の意思に基づいて勉強を行ったからだと思います。

 僕たちの可能性を信じ、熱心に指導をしてくださった先生方。そして、一緒に過ごし、共に成長してきた仲間たち。この先生方、そして仲間たちと作って来た思い出は、僕にとって一生の財産です。今まで、本当にありがとうございました。

 2014年3月14日
 フリースクールぱいでぃあ 卒業生
 小学6年 ※※ ※※

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▼当初は算数を好んでいた本人ですが、いまでは国語に絶対の自信を持ち、論理的思考と同時に言語表現能力も高め、人前で臆することなく堂々と自分の思いを表現できるようになったのも面白い。
 もちろん、そういう素質のあった子どもなのは確かですが、一つ間違えばその子の人生を潰すことになったかもしれないですね。
 「医者選びも命のうち」なら「環境選び」もまた大事な自分活かしワザかも知れませんね。

▼とかく大人は子どもの能力を出来合いの尺度で図ろうとします。この子の場合も心療内科のWISCーⅢ等の検査でしっかり「病名」を付けられています。それはそれで尊重します。なるほど、その傾向はないわけではありませんね。今の時点ではこういう見立てになるんですねと。でも「だから、何?」とも思ってしまいます。
 薬で何とかしようという発想そのものにそのまま従えません。そういう薬漬けの治療を受けて再起不能の廃人になった例は幾つも見ていますが、薬の治療で治ったという例を、寡聞にして知らないのです。
 また、検査自体が被験者本人のその時の精神状態で幾らでもブレます。「なりきる」ことだって出来ます。「カウンセラーに合わせて遊んできた」なんて言う子もいます。ですから「○○だ」と決めつけることは出来ません。そういう接し方では子どもの本来の姿が見えて来ないんですね。
 

▼では、「ぱいでぃあでどんなことをしているの?」と訊かれれば、学校的観点からすれば、極めて「小学生らしくない」活動や学びを、彼の性向に沿わせた形で無理なくやってきたということになるかもしれません。
 子どもは大人の物差しでは測りきれない存在、むしろ、子どもは大人を血肉にしてやがては大人を超えていく存在。でなければ、先人の体験したことのない未知の地平を切り開いていくことなんかできないでしょう。そういう見通しを持った学びをぱいでぃあでは活かしたいと思っています。
 ところが、日本の学校教育では、子どもを枠にはめ、権威に従順に従うのを良しとする傾向があります。でも、良質の部品を大量に生産するには良いかも知れませんが、そこからは創造も発見もイノベーションも生まれないでしょう。
 常識を問い、作られた感性を疑い、既存の感覚を洗い落とし、既成の自分を壊し、同時に、新たな感性をもって自分を築き直すこと。そういうことの繰り返しが大事なのではないかと思っています。それを当たり前の環境として。

▼先日、本人と弟妹とお母さんが、挨拶に来られました。本人は至って平気な様子ですが、お母さんははち切れそうな笑顔。もし、小5の終わりで、元気になったと言って、学校に戻っていたら---。ぱいでぃあで元気をつけましたから、戻れないことはなかったでしょう。でも、考えた末に、ぱいでぃあを選んだことで、本人は乱されることなく自分のリズムに従って集中して考えたり活動したり、今まで気付かなかった自分の可能性や能力に目覚めたり---できたんだと思います。

これからが、さらに楽しみです。

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ぱいでぃあの卒業式での答辞から---若干の感想

2014.04.02.20:54

▼一概に子どもの能力を見極めるのは難しい。子ども達の中には、論理的思考派もいれば感覚思考派タイプもいる。個人の性向によっても違う。だから、何でも卒なくこなすオールマイティ型が本当にいいのかどうかもはっきりしない。学校時代にはその個性を認めてもらえずつらい思いをしたなどという人もいる。作家とか芸術家とか芸能人とか、個性が勝負の人達に多い。個性的なら学校の先生は務まらないか。
 しかし、一芸入試だからと言って、專門バカであっても困るだろう。常識的なことも知らないでは周りが大変だ。また、能力があっても使い道がなければ宝の持ち腐れに等しい。やはりものには適材適所があるのだろう。

▼例えば、子ども達の中にも、書くのが得意な子もいれば苦手な子もいる。他には秀でているのに、「書くのはちょっと---」という人もいる。ぱいでぃあの子ども達でもそうである。その中で卒業式で読みあげられた、卒業生の答辞のいくつかを紹介したい。不登校の子どもがぱいでぃあにやって来て、何を学び何を考えたのか、その一端でも伺い知ることができるかも知れない。(なお、本人が特定されそうなものは伏せておく)

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 本日は私たちのために、心温まる卒業式を開いて頂きありがとうございます。
 私が不登校になったのは、中学二年生の二学期頃でした。
友達とのすれ違いや周りからのプレッシャーに耐えられなくなったのがきっかけです。

 そしてその日から、家に引きこもる日々が続きました。
今思えばとても不健康な生活を送っていたと思います。そんな生活を送っている自分が、大嫌いでした。
 そのような生活が続いていたある日、母がいくつかのフリースクールに私を連れて行ってくれました。どこも仲間がたくさんいて楽しそうではあったのですが、なぜかそこに行っても変われない気がしました。また人に合わせたり、友達関係などでもめてしまうのではないかという不安があったからです。

 それから少しして、今度は「フリースクール・ぱいでぃあ」という場所を知りました。諦めかけていた私でしたが、母がいつも一生懸命私のために努力してくれていることを知って、一歩踏み出すことができました。
 緊張しながら、母と二人でぱいでぃあに見学に行きました。ぱいでぃあは今まで見てきたフリースクールとは全く違うものでした。
 それまで私の中でフリースクールとは収容施設のようなイメージだったのですが、ぱいでぃあにはそのような要素や雰囲気が一切なく、とても明るい広場のようでした。
大きな本棚や緑の葉っぱのジャックと豆の木、心地よい音楽、そして広い窓から差し込む陽光。明るい仲間たちや素敵な先生方を見て、ここなら私も変わることができると強く思いました。
 そしてその日から体験入学を重ね、いつのまにかぱいでぃあの一員となっていたのを覚えています。

 ぱいでぃあで過ごしてきた時間は、最初から最後までかけがえのないものでした。入学当初は緊張していて本来の自分を出すことができませんでしたが、しばらくして私は「不登校という決断をして自分を変えるためにここに来たのに、ちょっとしたことで負けていてはダメだ。」と思うようになり、少しずつ自己表現をしていくようになりました。
 時には先生に注意されることもありました。その時は「どうしてこんなことを言われなきゃいけないのだろう。」と思うこともありました。けれども振り返ってみれば、何故そんな当たり前のことができなかったのだろうと思います。
 今、私の中ではそうしたことも良き思い出となっています。

 わたしはぱいでぃあでの社会体験学習や日々の勉強、関わりを通してなによりも大きな自信をつけることができました。それが一番、ぱいでぃあに入学して変わったことだと思います。自信がついたことで多くのことに挑戦できるようになりました。

 そしてもう一つ得たことがあります。それは、どんな人に対しても感謝の気持ちを忘れないという事です。ぱいでぃあに入学してから、自分が今何事もなく普通に過ごせていることはとても幸せなことなんだと感じるようになりました。
ぱいでぃあという大切な居場所があること、そこにはいつも応援してくれる先生や仲間がいること、私を温かく見守ってくれる先生や仲間がいること全てが当たり前のことではありません。たくさんの人のおかげでここまで来ることができました。
 次のステージでは高校生活が始まりますが、この気持ちや学んだことを忘れずに生かすことができたら、もう二度とくじけることはないと思います。
 そして私は、将来歌手になりたいという夢を実現させるために、学業と両立させながら努力していきます。
 これからは今まで支えてくれた多くの人に感謝し、少しずつ恩返しをして行きたいと思います。

2014年(平成25年)3月14日
フリースクール・ぱいでぃあ卒業生 
中学三年 ※※ ※※

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 そうなんですね。やはり、ビタミン愛を受けて育った子は、人様にもその恩返しができるようになっていくんですね。
 人生を楽しんで生きてください。

※また、機会があれば順次。


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間違わないための学校選び(1)…不登校からの立ち直りのために

2013.12.09.18:17

ニコラ文化祭
NPO法人教育ネットワーク・ニコラ(フリースクール・ぱいでぃあ)ミニ文化祭ポスター

※埼玉県の高校入試に関しては、埼玉県教育局高校教育指導課の「平成25年度入試についてのQ&A」の告知を参照してください。

※各学校の選抜基準については「平成25年度埼玉県公立高等学校入学者選抜における各高等学校の選抜基準」のPDFファイルを御覧ください。
 「学校によって学力重視か内申書重視か、あるいは傾斜配点があるか、面接重視か、実技検査があるかなど、いろいろ特色がありますので確認して下さい。北辰テストの埼玉県の入試情報なども役立ちます。

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間違わないための学校選び(1)…不登校からの立ち直りのために   


▼この頃、いつにも増して真剣な様子で受験・進学の勉強に取り組んでいる子ども達の姿がある。ぱいでぃあでは日頃から授業中に質問や説明等以外はなるべく静かにして、他人の集中力や静寂さを乱さないことがモットー。それは他者への気付き、思いやりである。それがこの時期さらに高まる。
 無理もない。小6や中3という受験学年の子ども達は皆、私立や公立の学校への受験・進学を目標にしており、それが佳境に入って来たからだ。
 
▼もとより「ぱいでぃあ」は進学のための受験塾ではない。が、サポート校付属のスクールでもない。自立したフリースクールである。だから、サポート校への進学は基本的に目標には置いていない。
 今までもぱいでぃあの子ども達は普段から公立や私立への進学を目標に勉学に励んできた。だから不登校の子ども達が進学・受験の勉強をすることには誰も違和感はない。ここでは当たり前の活動の一つである。もちろん最終的にサポート校へ進学する子どもはいる。しかし、サポート校への進学−−それはどこにも望みが叶わなかった時の最後の拠り所となるセーフティネットなのだ。
 (進学塾等との違いはどこにあるかは、別に詳細する予定)

▼不登校といっても様々。学力評価、学校での対応、集団と個人の問題、日本の教育の問題など…その事由は色々だ。枚挙の暇がない。自己の立て直し方や進路選択もまた自分の望む生き方が多様であるように様々である。
 確かにぱいでぃあに通う子ども達の中にも、高校進学後にも更にサポートを必要とする子ども達もいる。いや、他のスクールではそういう子ども達が圧倒的に多いのかもしれない。ぱいでぃあ設立の趣旨からしてそう思う。

▼実は、フリースクール・ぱいでぃあの前身の活動とも言える教育雑誌『ニコラ』と「ニコラの会」では、何よりも〈子ども達の高校進学〉の道を開くべく何年にもわたって春と秋にサポート校の紹介(当時は日本で最初のサポート校をはじめ、不登校の子ども達の進路を真剣に考えるサポート校がほとんどだった)を行ってきた。そして、幸いその道は確かな進路として位置付けることが出来たかなと思っている。

▼さて、そこまで不登校支援の輪を広げて来て、改めて不登校問題の全体を見回した時、今までの不登校支援には決定的なある限界があったことに気付いた。それは先ほど指摘したように不登校には多様な側面があったのに、必ずしも現実がそれに対応してないということであった。
 障害の程度が重い不登校の子ども達、一般には〈落ちこぼれ〉と称される子ども達のためのフリースクールはたくさんあった。しかし、不登校全体の中では少数派に属する〈吹きこぼれ〉とか〈浮きこぼれ〉と称される個性豊かな、学校的知では評価されにくい秘められた才能を持った子ども達を支援するフリースクールは皆無に近かった。
 そこにフリースクール・ぱいでぃあを開設する目的があった。学校的な価値観からは量れない豊かな個性や隠れた才能に注目し支援すること。〈不登校=落ちこぼれ〉は教科学習が疎かになったことによる単なる見掛けのことに過ぎない。

▼石原慎太郎、宮本亜門、中川翔子、金原ひとみ、飯野賢治…等々、政治家、芸術家、芸能人、作家、クリエイター等は〈自分は元不登校だった〉とカミンングアウトする人が多い。確かに彼等はまだ不登校支援が十分でない時代に不屈の精神で自身を貫き通してきた志士達である。そして彼等はいろいろな意味で不登校からの〈成功例〉としてのモデルなのだ(好悪とかその生き方がどうのというような観点はこの際除けておく)。だが、それは個性ある才能豊かな不登校の子ども達の存在からすれば氷山の一角だろう。〈吹きこぼれ〉〈浮きこぼれ〉の不登校は不登校全体の中では少数派には違いなかろうが、豊かな個性や秘められた才能を理解されず、適切な支援も受けられず〈ダメ人間〉のレッテルを貼られた人も結構多いのではないか。それが〈フリースクール・ぱいでぃあ〉開設の動機の一つともなった。世間でレッテル貼りされているような〈不登校〉という括りで同一に論ずるわけには行かないのだ。

(続く)

※時間の制約上、十分な推敲を経ずにアップし、後で修正があることがあります。ご容赦を。


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不登校からの再出発・脱却のために…「知識」から「行動」へ(2)

2013.12.01.20:34

鎌倉散策 晩秋の鎌倉から

不登校からの出発・脱却へ…「知識」から「行動」へ(2)

▼私達が月刊教育雑誌『ニコラ』からフリースクール・ぱいでぃあ」の歩みに踏み出したのは、雑誌からの発信や「ニコラの会」による毎月の実際の交流だけではどうしても満たされない思いがあったからでもある(当時、埼玉県だけでも500人以上にのぼる読者がいた)。どんなに現場で取材を重ね、子ども達と日々接している親御さんの声を取り上げたり、春と秋に東京や埼玉で不登校の支援団体が集まって「不登校生のための実践報告会」等を主催しようと、どこか隔靴掻痒の感が拭えなかったのである。
 おそらく月刊教育雑誌『ニコラ』の活動は日本で初めての不登校問題への本格的な取り組みではあった。確かに、雑誌を通じての活動は不登校の問題を単に表層の現象には終わらせない考察には寄与したが、同時に言葉に終始せざるを得ないという限界をも感じさせるものとなったのである。

▼「今は不登校はしているけれど先に繋がる希望が持てた」「真っ暗闇に光明が射した」という感謝の言葉はいろいろ頂いた。しかし、「うちの子はまだ中1です」「うちはまだ小学生です」と家庭からの声や、「高校進学まで待たなければいけませんか?」「今何もせずにいるだけで再起できるか心配です」という声もあった。さらに「今、この子たちに何とかしてやれませんか?」という悲鳴にも似た声もあった。
 そういう声の中に「うちの子はとうとう向こう側へ行ってしまいました」というご家庭の声もあった。「向こう側の世界」とは「引きこもり」という、社会人としてはほとんど再起不可能な領域のことであった。(当時まだ「引きこもり」を受け入れる組織はどこにもなかった。奥山雅久代表の「全国引きこもりKHJ親の会」の発起に立ち会い、交流を深めるのはその数年後のことである。これについてはページを改めて語りたい)

▼埼玉県の教育行政ではまだ具体的な対策は何もなかった。しかし、言うは易く行うは難い。「猫に鈴をつけろ!」と言うのは簡単である。では、誰が付けるか?
 実際、今15歳の子も5年も過ぎれば20歳、成人となる。その時、何のスキルも積まぬまま自宅に引きこもっていたらどうなるか?もしかしたら〈廃人〉として一生を過ごすことになるかも知れないのだ。今年の流行語に〈今でしょう!〉というのがあるが、まさに「子どもの成長に待ったはない」。
 しかし、学校が半ば匙を投げている不登校の子どもの支援活動を生半可な関わりで出来るわけもない。それに、「不登校は病気ではない」と言われていたが、それは〈病気と言えるほど重いものではない〉という意味では決してない。「どうにも病名の付けようがない」という意味。つまり、精神科医でもよく解らず〈取り敢えず間に合わせの薬で誤魔化しておけ〉というものだった。(しかし、寡聞にして、精神科医の処方した薬で全快し立ち直ったという例を知らない)

▼それに日本にはまだ十分な市民活動はなく(ボランティアが話題になるようになったのはまだ最近のこと)、「公共のために…」という活動を〈偽善〉と批判することはあっても、私財を投入してまで参入する人は先ずいなかった。でも、誰かがやらなければ子ども達はみすみす無念な人生を歩むことになるし、国家は学校を離れた子ども達を社会不適応の子ども達として一生面倒を見なければならなくなるかもしれない。「そんな馬鹿なことがあっていいはずがない!」という義憤が行動の原点だった。
 そういう様々な声や思いに押されるようにして、2000年に「フリースクール・ぱいでぃあ」の開校となった。もちろん全部、自費であった。しかし、〈救いは求めるけれども、自分から他人に関わろうとはしない〉(この問題は今でも不登校問題にはついてまわる)。公共心や寄付文化の希薄な日本…それをもろに体験した船出でもあった。(それを見越して後に企業が〈不登校ビジネス〉として次々と参入することになる。が、その思いは大きく違うものである。しかし、人はいつも自分のメガネを通して判断するものだ)

▼不登校にもいろいろある。それは雑誌の活動を通じてよく分かっていた。たとえば、〈非行〉にも昔からずっとある典型的な非行タイプというのがある。しかし、長らく裁判所に勤務していた私達のNPOの理事の一人は(大学教授)『いい子の非行』という本を書いている。ここには現代特有の〈非行〉の問題がある。これが問題なのだ。
 同じく不登校にも、一般に言われる不登校の型=〈落ちこぼれの不登校〉というものと、個性や才能が強く豊かであるために学校の枠からはみ出るがためによく評価されない不登校=〈吹きこぼれの不登校〉というものがある。学校では同じように処理されてしまうが本来は大きく異るものだ。もし評価の基準がもっと多様で懐の深いものであったなら、そういう子ども達の評価は大きく変わっていたことだろう。
 
▼私達フリースクール・ぱいでぃあが中心的に扱おうとするのは、主にこの後者のタイプである。不登校全体の割合からすれば少ないかもしれない。が、不登校問題の根幹を見据える時、決して片隅によけて考えればいいということにはならない。そこには単に学力だけでは片付けられない様々な問題が横たわっている。
 子どもを評価するにしても様々な視点があるはずだ。海外では学校教育の中に当たり前に取り入れられ評価されていることがなぜ日本の学校教育の中ではできないのか。国際感覚が要求される時代、もっと多様な価値観があってもいいのではないか。このままでは日本という社会は国際化の波に逆行し、閉鎖的で息苦しい物になってしまうだろう。

▼再起を望む本人や親御さんであれば、現在の学力や精神状態がどうであれ、単に不登校になったというだけで自分の人生を決して投げ出すべきではない、諦めるべきではない。子ども達が再起するための支援であれば、たとえ金銭的に苦しくても自分の生き方に納得ができるはずである。そういうバカがいてもいいだろう。それが始まりだった。
 これはどこでも同じだろうと思うが、〈フリースクール・ぱいでぃあ〉にやってくる子ども達はみなほとんど自己卑下、マイナスの自己評価の塊である。自分に〈イエス!〉などとはとても言えない。一体どこでそうなったのか?
 この世に生まれ落ち、愛され、成長を期待されていた時の子どもは輝いていたはずである。自己肯定感に満ちていたはずである。だから、初めからそんなに自分に投げやりで、〈自分なんてどうでもいい〉と思っていた人間などいなかったはずだ。本来、自分はどういう姿であったか。その姿をもう一度取り戻させてやりたい。堂々と自分に向かって〈イエス!〉と言える人間に戻ってもらいたい。そう願った。

▼幸い、こちらの支援に応えてくれた人達はみな自分を生きている。不登校なんて、成長期の一種の風邪のようなもの。不幸にしてそんな風邪に罹ってしまったならば、じっくり完全に直せばいいのだ。二度と負けない体力を付ければいいのだ。でも、たまに風邪に負けて命を落としてしまったり、こじらせて他の病気を併発させてしまう人もいないわけではない。そうならないためのスキル、罹ってもそれに負けないためのスキル、それをぱいでぃあという〈フリースクール=道場〉で練習するのだと思えばいい。なに、〈遊びもスポーツも勉強も…スキルを積めば誰でも上達する〉のだ。すべて楽しみながらやればいいことである。

(続く)具体的な方法はおいおいと。

※文章を推敲していません。後日、加筆訂正があるかもしれません。ご容赦を。

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Bakiller

Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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