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自信を回復し、元気に学校復帰する子ども達---フリースクールの一風景から

2015.04.14.20:25

自信を回復し、元気に学校復帰する子ども達---フリースクールの一風景から

▼4月から新年度新学期が始まりました。今までぱいでぃあに通っていた子ども達の中で勉強でも他の活動でも自信がつき元気を取り戻した生徒達はこの春休みを境にまた学校に復帰して行きました。(自己否定の塊で来た子ども達が一人残らず元気になっていきます。)

▼今年度も、小学生中学生とも複数の子ども達が無事元気に学校への復帰を果たしました。元気になれて良かった、自信を回復できて良かったと思います。

▼自分の心身の危機を回避するために一時的に逃げるのはとても大事だけれども、逃げているだけでは負け犬になります。最終的には「自分にイエスと言い切れる自分」でありたいと思います。

▼元より「学校復帰」は我がフリースクール・ぱいでぃあの第一の方針ではありません。外側から子どもに枠をはめることはしないのです。あくまでも本人の意志と選択を尊重したいと思います。

▼ですから、様々なことを考えて、自信もついたし元気にもなった,、「ぱいでぃあにずっと留まるのは一番安心だけれど、負け犬にならずもう一度挑戦してみたい」という本人の意志が強ければ、「ここまで来れば大丈夫」という状態になった子どもに関しては、「挑戦することもまた良し」と送り出しています。

▼ただし、それには幾つかの条件があります。本人がずいぶん回復していること、単なる引き戻しではない受け入れ体勢が学校に出来ていること、学校の多くの子ども達が本人の復帰を歓迎し待ち望んでいること…等です。

▼現在の学校教育が集団指導体制をとるあまり、個々人の特性に光を当てた指導はなかなか難しい状況にはありますが、特に小さい時代の群れて育ち合う経験の有無はとても大きなものがあります。個性の尊重が大事であるのと同じく、集団の力学も決して軽んじてはいけないのです。

▼明治5年の学制発布以後、日本はそれまでの隆盛していた寺子屋の教育を捨て、近代国家教育に梶を切るわけですが、その意味もまた考えなければいけません。特に近代教育は国が多大な税金を投入して施設や人材を擁して営まれています。その恩恵に浴さない手はありません。そのためにも国民は税金を払っているのです。

▼勿論、それは教育の選択肢の一つです。他にも、例えば私立学校に進学する、中学・高校は別の所の学校を考える(転編入もある)、海外の学校に行く、ホームスクールで行う、オルタナティブの学校に行く…等、選択肢は様々。本人が一番望む方法を応援したいと思っています。

▼そうようなことも含めて、日本の教育がもっと子どもの自己実現や夢実現に沿ったものにならないかな、もっと民間に開かれた自由な風通しの良いものにならないかな、というのが近頃思うところです。

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今、ぱいでぃあで取り組んでいる「泣いた赤鬼」の寸劇について--座学を超えた学びの活動

2013.10.10.02:05

読み合わせ


今、ぱいでぃあで取り組んでいる「泣いた赤鬼」の寸劇について--座学を超えた学びの活動

▼ぱいでぃあの時間割は週単位で組まれている。10時から3時までが規定の活動時間で、教科は中学が〈国数英理社〉の5教科、小学は〈国算理社〉の4教科+〈表現〉が基本となる。ただし、小学校高学年での〈表現〉は〈英語〉と〈作文〉で、低学年の場合の理社は〈生活科〉となる。
 学校を離れた子ども達とはいえ(いや学校を離れた子ども達だからこそ)、学校では学年に応じて行っている教科学習は欠かせない。きっちりと対応する。そして、学校や塾では教師の言うことに聞き従うことが授業の中心だとするならば、ぱいでぃあでは子ども一人ひとりが〈学習の主体者〉として、自ら能動的に取り組む姿勢を身に付けることが主眼となる。これに妥協はない。子ども達には全員元気になり無事進学してもらいたい。そのための不登校生支援なのだ。

▼実は、こういった教科学習とは別に週に3回、午後の時間に〈ぱいでぃあ活動(室内or室外のワーク)〉という名の活動がある。四季を通じて天候の良い時の〈ぱいでぃあ活動〉は主に〈室外〉で〈スポーツ・身体活動・野外活動・野外ワーク・社会体験学習〉等を行う。勉強(教科学習)はどうしても座学に終始しがちだが、子ども達がバランスのとれた育ちをするためには、心の持ち方だけでなく身体を活性化させる活動が絶対不可欠である。
 勉強に苦手意識を持っていた子ども達が教科学習での支援を通じて〈できる自分〉を体感するということもあるが、それ以上に座学では決して得ることができない秘めた側面を発見できるのもこういう活動を通じてである。テニスコートやサッカーコートで一方ではきっちりとルールに従い、一方ではのびのびと身体を解放することの効用など、部活中心の学校でのスポーツ活動ではなかなか分からないことかもしれない。

▼〈ぱいでぃあ活動〉のもう一つの行動である〈室内〉での活動は、雨天の時や運動場等が使えない状態の時だけでなく、熱中症の恐れのある真夏日の時や季節に合わせた活動を行う時などに積極的に取り入れる。これは現代を生きる子ども達には現今の様々な状況に合わせた学びや感覚の働かせ方がとても大事なことだという認識にもよっている。
 絵画や工作だけでなく、〈葉っぱのコラージュ〉や〈コボちゃん作文〉など、遊びや言語を用いたリテラシーもある。今までに様々な形で試みられた〈過去の自分壊し〉と〈新生の自分作り〉の作業もここに入るかも。創作のお笑い芸など大歓迎だ。成り切りと同時に突き放しも要求される。ぱいでぃあの外看板には〈遊学統合のスクール〉とあるが、〈遊びと学びは同根のもの〉という教育観がここにも活かされている。

▼現在、そういう中で取り組んでいるのが〈ミニ文化祭〉。毎年恒例の出し物である。調理実習を通して美味しい料理を作るという作業が一方にあれば、他方には〈寸劇〉をみんなで観て楽しもうということがある。ぱいでぃあにやって来た当時は自己卑下でいっぱいであった子ども達が今どんなに活き活きと活動しているか、保護者の方々に見てもらおうという企画でもある。
 今年の出し物は「泣いた赤鬼」の現代バージョン。言わずと知れた浜田広介の代表作に、〈その後の青鬼〉まで視野に入れてアレンジを加えたもの。そこには様々な意味合いが込められている。〈あのままではあまりに青鬼が可哀想〉とか、〈単なる善人の青鬼でいいものだろうか〉というような視点などがそこにはある。台本の作成、音響効果、振り付け、必要なグッズの作成などいろいろやることが出てくる。それをみんなで分担して進行する。役者がどこまで役に成り切れるか、どういう人の配置で、どういう人物像を想定するか…。

▼小学生も中学生も受験・進学を控えている子が多いから、もしかしたら〈こんなことで時間を使っている場合かよ!〉〈私は勉強したいのよ!〉と思っている子ども達がいるかもしれない。しかし、だからこそ敢えてこういう寸劇を投入するのだとも言える。この時期、この寸劇の練習は週3回のぱいでぃあ活動のうち週1回入れているだけに過ぎない。
 それに、成長の過程にはその時その時期にやり遂げるべき〈発達課題〉というものがある。先送りできないものもある。今できずに先送りしたことは結局やらずに終わることになる。その結果、そういう体験を持たない子どもが出来上がる。とりわけ受験志向の子どもに多いが、不登校の子ども達にもそのキライは強い。
 〈いつやりますか?今でしょ!〉というのは真実なのだ。頭で理解したものはすぐ忘れるが、身体で覚えたものは一生の宝となる。それは今という時期しかない。その役に成り切りその心情を理解することで初めて見えてくるものがある。そこには座学を超えた学びがある。

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「ぱいでぃあ活動」とは何か--座学を超えた学びの方法--熱中症対策も兼ねて

2013.07.09.23:57

フリースクールの熱中症対策から思いつくままに

▼梅雨明け宣言もあり、いよいよ真夏に突入ですね。特に今年の夏は平年より暑くなりそうです。それに呼応するかのように熱中症で倒れる人が続出です。子どもの場合まだ体温調節が不十分で、その分、大人よりもリスクが高まります
 学校の部活指導で倒れたというニュースも相変わらずです。未だに部活に根性主義が残っていて、指導者もスポーツ医学に通じておらず、ついつい無理をしてしまうことも多いのでは?と心配になります。でも、一歩間違えば命に関わること、笑って済ますわけには行きませんね。

▼ところで、フリースクールでのスポーツ活動等はどうなっているのでしょう。ホームスクールの場合には家庭に拠点がありますのであまり問題にならないのかもしれませんが、フリースクールの場合はどうなんでしょうと気になる方がいらっしゃるかも知れませんね。でも、実際のところ、フリースクールでは文科省で全国一律に決めたような決まりで動いておりませんから、あくまでもこれは私達の場合の話ということになります。
 しかし私達のところのように、《ぱいでぃあ活動》と称して週3日、2時間ずつ計6時間もスポーツ活動や身体活動等の室外活動に時間を割いているフリースクールは殆どないのかもしれません。特に都会にあるフリースクールの場合には常時身体活動をする施設を確保すること自体も難しく、少ない時数でもっぱら室内での活動に終始することが多いようです。ですから、別の意味合いにおいて、熱中症の心配等は特にないのかも知れません。

▼正確なところは分かりませんが、「ぱいでぃあ」では《なぜ週3回もカリキュラムに取り入れてスポーツや身体活動を重視するのか?》とか《児童生徒の中には身体活動を嫌がったり、不得意で避けようとする子もいるのではないか?》とか批判する人の方が、《へぇー、そんなに重視しているんだ!》と感心されることより多いかも知れませんね。特に「子どもの思いの側に立つ」等と称する方々にそういう懸念を持たれる場合が多いかも知れません。
 これは不登校の子ども達とどう接するか、子ども達の思いにどう寄り添うか、子ども達の思いをどう実現するか -- 等、「不登校の子ども観」に繋がる重要な問題が横たわっているんですね。

▼端的に言いましょう。不登校の子ども達は、室外でのスポーツ活動や身体活動、社会体験学習などを通して、一般の室内ワークや教科学習などでは見せることのない別の側面を見せることが多いのです。室内に限定された知的な頭脳行為では殆ど見えて来ない部分です。しかし、それもまたその子の欠かすことのできない大事な側面なのだと私達は考えます。
 人間は多面体です。誰とどう向き合うかで現れるものも大きく違ってきます。ですから、その子の全体を捉えようと思ったなら、室内の座学やそれに類する行動だけでは絶対ダメなのです。子ども達が成長する上での社会性の発達を《Play-Study-Work》の連関で見るならば、室外での一連の活動はこの《Play》の部分に深く関わりを持つものです。具体的には《遊び・スポーツ・身体活動・社会体験活動》に属する活動の全体です。
(ちなみに、フリースクール・ぱいでぃあの「ぱいでぃあ」とは、ギリシャ語の《遊び:パイディア》と《学び:パイデイア》を融合した私達の造語・和語です)
 この活動に実際に関わってみれば良く分かることですが、これなしには一旦学校から身を引いて不登校になった子どもの社会化、つまり社会参加は不可能といっても良いものです。もしこれがうまくいったならば、たとえ他の知的な分野に弱さを抱えていたとしても、その子の社会参加は可能となるはずです。
 逆の言い方をすれば、いくら知的に高度な勉強を積もうとも、この《play》に関わる感覚が十分に錬成されていないと、一般的な意味での社会参加は無理であるということです。<(これは今まで《引きこもり青年の集い》「ぱいでぃあ広場」を開いて、東大に直結する県立トップ高校の生徒や早稲田、上智、明治、青山などの有名四年制大学の不登校生等に接してきた者の偽らざる感想です。)

▼しかし、不登校の親御さん達の中にここを取り違えている方が実に多いのです。ぱいでぃあの場合、フリースクールではありながら教科学習を自信回復プログラムの重要な柱の一つに位置づけており、私立公立の小中学生の全員進学・全員合格を目標としていますので、このことが特に心配になります。《学校に行かなくなってしまった。大変だ!この子の勉強をどうしよう!》と狼狽えます。確かに学校に行けなくなった生徒は授業を受けていないのでどんどん成績が低下するのは事実です。それで担任の先生も《成績が悪くなって学校に来れなくなった》と言うことが多いのです。
 それで、親御さんは適当な学習塾はないかと必死に探します。でも、学習塾は基本的に学校に行っている生徒が通うところ。こうして、不登校の子どもは十分な心のケアもされずに誤解され、ますます自分のダメさ加減を思い知らされることになります。ですから、多くの不登校の子ども達は自分の惨めさを引きずり、自己卑下のマイナス感情でいっぱいになってぱいでぃあに相談に訪れるのです。本当は学校に行けなくなった子どもに、トンデモない事態が起きたかのように教科学習の遅れを迫るのは最悪の方法なのです。

▼通常の教科学習の他に、学校以上のコマ数を割いて設けている《ぱいでぃあ活動》、そこで実際にどういうことが行われているか。本当は映像を豊富に示すことで紹介したいところですが、個人情報保護法なるものもあって(民間人には全く役に立たないザル法で、行政等の管理する側には身を隠すのに都合のいい法律です)詳しくアップした映像は使えません。それでも、散見される映像や紹介記事によって大よその見当はつくだろうと思います。今後とも、差し支えのない範囲で紹介していきたいと思います。
 (トップページの画像に簡単なコメントをつけました。活動の一部ですが参考までに)(インターネット・エクスプローラーだけ対応かも)

※(室外の《ぱいでぃあ活動》は基本的に上記のようなものになりますが、熱中症対策や、真夏日、雨天の時などは室内での活動となります。基本的に社会参加を目標とするところは同じですが、活動内容が大きく違います。次回はそのような活動の一つ、コザネを用いた創作作文ゲームを紹介したいと思います。


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「父の日」の作文に因んで…梅雨時の「ぱいでぃあ活動」の覚え書き

2013.06.15.12:59



▼明日は「父の日」(今日土曜日はお休みです。自宅で覚え書き)。そこで「ぱいでぃあ」の子どもたちには《父への感謝状》なるものを作文に書いてもらうことにした。現代の子ども達はドライと言うべきか、伝統行事から切り離され放置されていると言うべきか、「母の日」にさえ感謝の気持ちを表現することをしない子ども達がたくさんいる。市販の小物やカーネーションくらいはプレセントする子は多いが、心のこもった手作りとか心を込めた作文とかを贈る子どもはまず少なかろう。特に子ども達が言葉を使って表現することは、作文の課題や試験でもない限り皆無に近くなった。まして「父の日」の作文を書くなどあろうはずもない。せいぜい一昔前の文章などで目にするくらいのものだろう。

▼だからこそ、敢えて「父の日」の作文なのだ。時代に迎合するのは簡単だが、敢えて時代の風潮に異議を唱えることも時には必要なのだ。いや、もしかしたら学校では無理かもしれない、フリースクールだから出来るのかもしれないとも思う。国語の学習で一番重視しているのはこの言葉による表現である。もちろん、文章の正確な読み取りはとても大事だが、「教え・覚える」型の記憶マシーン養成的頭脳の使い方や、文学に特殊な重点を置いた作品従属型の鑑賞主体の国語読解はもはやしない。過去の遺物に近い。古今東西の名著をたくさん読んだと言っても、それはそれで結構なことだが、その人が他者に向かって何も言わなければ、それは無知の場合と大差があるわけではない。全ては如何に表現するか、表出するかにかかっている。

▼作文はただ書けばいい、体裁良くまとめればいいというものではない。それに、子どもにとって《作文ほどクソつまらぬものはない》のだ。だから、ぱいでぃあの授業や活動の中では作文を書く行為そのものはさほど重視しない。それは自身を開き解き放つための仕掛け、起爆剤なのだ。そこから何が見えて来るか。それを自身を照らす鏡として、自分の普段の生活、生き様、家族の関係、父という存在、子としての自分…様々なことをまず想起してもらう。それでもなかなか言葉として出て来なければ、時には絵画や絵を援用したり、マインドマップの手法を取り入れたり、カードを使ってコザネ法をやらせたりもする(マインドマップとかコザネ法って何ですかという方は、ぜひご自分でお調べを)。言うなれば、これがメイン。実際に書く作業は各自の自由行為。

▼実は「父の日」作文はこれでおしまい、ではない。今回はこれに「父の日」に因んだ「川柳」を一句ひねり出そうということになった。そうするとそれはもう日本語の五音七音、和歌の歴史、和歌とは何か、連歌、俳諧、狂歌、発句、俳句、川柳…と至り、そこでようやく川柳というものの特徴に辿り着いたりする。「サラリーマン川柳」や新聞への投稿など現代にも生きている川柳。ここでちょっと気取って一句モノしようというわけだ。そうこうして作文が完成すれば、各自がみんなに披露する。これもとても大事な表現行為。

梅雨に入れば、日照りの時は太陽の日射しが暑くとても野外のスポーツ活動は無理。とてもテニスやサッカーで汗を流す気分にはなれない。逆に雨天の時は外も涼しかろうとも、必然室内ワークが中心とならざるを得ない。梅雨時はそういうマイナス要因を逆手に取って、室内での「ぱいでぃあ活動」を充実させようという気持ちに持って行く。そしてその季節に相応しいものを重点的に取り入れるから。この「父の日」の室内ワークもその一つ。

▼実はこの「父の日」のワークは当日の活動のほんの一こま。この日の第二弾は「夏休みの思い出」という「明日の日記」に基づく絵画活動である。切り絵から始まり、自己表出と他者理解、経験の交換、他者の中の自己、自己の中の他者、真似びと学び…。そういうものを体感し合った。「明日の日記」って何ですか?日記って体験したことを書くものではないですか?…という素朴な疑問は、参加すればたちどころに納得できるはず。
 この活動については、機会があれば後日報告したい。

▼人は五感を通してモノを見、判断します。だから、一人ひとり顔が違い、声が違い、気質や好みも違い、みんなが同じものを同じように見ているわけではない。しかし、受身的に与えられたもので全てが見えるわけでもない。より良く見るためには自身の五感のありようを変えなければならないことも出てくる。そして、より良く変わるためには自ら《行動》しなければならない、ことも起きてくる。子ども達の日々の自分作りもそこにある。


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長かった夏の暑さも峠を超えてーぱいでぃあ活動:魚すくい

2012.10.03.11:21

池で魚すくい
ぱいでぃあ活動:魚すくい

▼「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、あれほど長く続いた残暑も彼岸の中日を境に嘘のように過ぎて、今は朝晩には肌寒いほどの秋風が吹く。…と書いたのは、彼岸の直後。だが気まぐれな天候はまた暑さをぶり返した。人間は状況によっていくらでも変化し騙される。が、自然の営みは頑迷なほど一途だ。暑い中にも確実に秋の足音がする。

▼さて、ぱいでぃあでの活動もそろそろ秋バージョンとなるが、残暑が厳しく野外でのスポーツはまだである。11月のNPOの年度総会に向けてミニ文化祭の準備などを行いながら、いきおい室内ワーク等が多くなる。普段ぱいでぃあでは授業が中心で進んでいるが、この時期は教科学習以外の取り組みが多くなる。

▼これはぱいでぃあにやって来る子ども達だけの問題ではなく、日本の教育全体に蔓延している病気ではないかと思うのだが、塾通いなども含め、教育目標がひたすら知識の習得に限定され、薄っぺらな知識の詰め込みで頭でっかちになる以外には何も出来ない子ども達ばかりが作り出されている現状がある。学校内でのいじめの多発もこういう現状と無関係ではない。

ハードディスクに知識を詰め込むような勉強は考える勉強の対極にあり何の役にも立たないどころか害であると言われて久しいが、受験勉強と同じで批判はあるけれども代替物の提示がなく取りあえず仕方なくやっている状態に変わりはない。

▼そう言う中、ぱいでぃあでは夏の最後のお遊びに取り組む。2面のテニスコートとサッカーのハーフコート等がある実に広々とした運動場がぱいでぃあ活動の中心の場だが、その近くには幾つかの池があり、今までにも何回も釣りや魚すくいに興じた。以前の水槽で飼っていたブルーギルもそこで釣ったものである。今回は手編みと追い込みの三角網を持って行った。こういう他愛ない、それでいてとても重要に思われる《遊び》というものが日本の教育からすっぽりと抜け落ちてしまった

▼ものを正しく感じ表現し行動する、あるいは社会参加するという意味で、そして自分の可能性や力を実感するということにおいて、教科を媒介に学ぶということは大切な行為だが、それと同等にあるいはそれ以上に、多様な事物や他者と出会うことによって豊かな感覚や繋がりを持つことが大事だと思う。自分の中にそういう多様性が培われているならば、間違ってもいじめで逃げ場を失い自死を遂げるようなことはないし、自己救済のはけ口として加害者となることもないだろう。今回ゲットしたのはクチボソメダカ手長カワエビ等である。その幾匹かはぱいでぃあの水槽の仲間となり、幾匹かは子ども達の家の水槽で飼われることになる。その中には3匹の金魚もいる。誰かが池に放したものであろうか。

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不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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