親心ということ--〈大人の目線と子どもの目線〉に思うこと

2013.10.14.21:49

20131010ぱいでぃあ 工作

親心ということ--〈大人の目線と子どもの目線〉に思うこと

▼「不登校」というものを世間一般ではどう見ているのだろうか。かなりの割合を子ども達の思いに寄り添う形で不登校の内部から見ていることの多い自分には、時々そう思うことがある。辛さや悲しさ、孤立感や無力感など、その思いは痛いほど分かっていても、独り善がりになってはいけない、井の中の蛙になってはいけない。自分をより良く理解してもらうため、一般化できないその独自な思いを受け止めてもらうためにも、他者への理解は欠かせない。「勝手にほざいていろ!」では物事は進展しない。

▼多分、世間一般の人の「不登校理解」は学校現場であれ、社会の様々な場であれ、結構公式的な〈偏見〉の域を抜け出てはいないだろうなと思う。マスコミの記事や学校応援隊とも言うべきPTAの論調を見ても大体察しがつく。しかし、マスコミというものは絶えず大衆受けを狙っている一方で、ちょっと新しいものを用意して大衆の好奇心を刺激したり、自尊心をくすぐったりもする。大衆が如何に飽きっぽいかも心得えているからでもある。そこで、若いスタッフが斬新な企画を出したりすると、〈一発採用!〉ということもなくはない。

▼たとえば、教育誌『ニコラ』でフリースクールやサポート校などのレポートを行いながら不登校を含めた日本の子ども達の育ちの問題を取り上げていた頃、あるテレビ局のディレクターだという青年から電話があり、「最近、マスコミでも不登校の子ども達の話題が多い。活動現場の映像もある。専門家や教育者の話も紹介されている。そこで、自分たちは新しい角度から企画を考えて…。」と、その内容をかいつまんで話してくれた。
 そういう提案は、大抵の場合お断りする。スクールの宣伝となることを狙って、生徒に積極的にすすめるところもあるようだが、私どもは〈不登校を売りにすること〉を好まない。まだ年端の行かない子どもであり、しかも学校という集団の場で居場所を失い不登校となった子ども達である。その心理的負担は想像以上に大きかろう。
 ただし、集団の中で引っ込んだのではなく逆に出る杭となったために同質性を重んじる学校の空気が合わず不登校になる子も後を絶たない。そんなフリースクールがぱいでぃあでもある。
 
▼そんな子の一人に、美輪明宏さんの「ヨイトマケ」が大好きな女の子がいた。当時はまだ誰もそんな唄は知らなかったし(私の好みだったことを生徒は知らない)、放送禁止の歌だったから尚更だ。しかし、納得しないことには同調しない彼女らしい関心の持ち方ではあった。
 この時も、そのテレビ局から電話があり、「美輪さんが出ている番組に出られる子どもはいませんか?」と聞いてきた。番組製作者の意図だろうか、不登校の出演者を探していたらしい。その時も丁寧にお断りした。
 多分、直接彼女に伝えれば二つ返事で了解したことだろう。実際、彼女ならテレビのライトにも怖じず憧れの美輪さんの前で活き活きと不登校らしからぬ(?)風情で話したのではないかと思う。彼女にとって大化け・大飛躍のチャンスになったかも知れない。しかし、〈不登校の子ども〉というレッテル付きで出すわけには行かなかった。もし、彼女に本物の力があるならば、自分の力で露出を成し遂げることだろう。そんな依頼を断ったことを後で告げると、彼女が大変残念がったのは言うまでもない。

▼さて、話は先のテレビ局の若いディレクターの依頼。何をやるのかというと「テレビのカメラはいつも不登校の子や学校の子ども達を映像の対象として報道している。それだけでいいのだろうか。是非、子ども達に小型のビデオカメラを持たせ、それで何でも自由に撮ってもらいたい。条件は一切付けない。」そういうことだった。いつもは即座に断るのだが、この時は「これは面白いのではないか」と考え〈いいですね!〉と応えたのだ。
 その後、各所に連絡を取り、所定の日の夕方、その若い茶髪のディレクターとそれに興味を持って集まった近隣の中学校の生徒会長やその他の子ども達と一緒に話し合ったのだった。みんな乗り気で実行することになり、後は子どもでも扱える小型のカメラを数台一週間ほど借りるだけとなって解散した。きっと大人たちの物の考え方や見方にインパクトを与えるいいものが出来るだろうと期待してみな家路についた。

▼そこまでは良かった。ところがだ。事件はそれから十五分もしないうちに起きた。家の電話がなり、興奮したような母親の声が受話器に響いた。「子どもから聞きましたけどね、学校の許可は取ったんですか?校長先生に許可をもらったんですか?!」後は推して知るべしだった。
 なぜ、子どもの声を第一に尊重しない?場合によっては「そんなこと言わず、子どもの思いを汲んで上げてくださいませんか。子ども達に与えられた素敵なチャンスじゃありませんか?私達にもきっと面白いものが観られると思いますから…」というようなことが何故言えぬ?その母親は「子どもが自分の頭や心で考えることはない。校長先生の判断に従えばいいのだ」とでも言いたいのだろうか。「自分では子どもに反論できない、校長先生に一喝してもらおう」ということだろうか。こういう時、学校は敢えて火中の栗を拾うことはない。たとえ異論のある校長でも(そこの校長は望むべくもなかったが)唯々諾々と「世論」に従ってしまう。

▼こういう言葉が飛び込んでくるようでは、企画を実行するわけには行かない。その後、ディレクターには詫びを入れ、協力を申し出てくれた子ども達にも謝った。実に残念な一件だった。
 寡聞にして、美輪さんの不登校生とのお話がその後どうなったか知らない(そんな子はめったにいるものではない)。が、子どもがカメラを持ち見たままの風景を映像にする番組は見た。正直、詰まらなかった。炭酸の抜けたビールのように味気なかった。何のインパクトも生まれやしなかった。
 企画も活かすも殺すも実行者にかかっている。もし、あの子ども達がやっていたなら、きっと素晴らしく斬新な世界が切り取れたのではないか。今、この瞬間を生きている子ども達の目線の高さや興味と関心の物差しで彼らを取り巻く世界を、その風景を大人たちに提示したなら、きっと驚きと賞賛の声が上がり、知ったかぶりの大人は〈自分は子どもの世界を何も知らなかった〉と深く恥じ入ったのではないだろうか。
 「校長先生に許可をもらったんですか?」この一言によって全てが水疱に帰した出来事だった。

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「今だから見える」と応援してくださるOBの親御さん達

2012.06.27.17:47

「今だから見える」と応援してくださるOBの親御さん達

▼今年、長男がめでたく念願のB大学に入学したS君のお母さんが「仕事でこちらに来たついでに…」とおっしゃって、夕方ぱいでぃあを訪問された。お母さん自身、息子さんがほとんど引きこもりの状態になっていた頃とは見違えるように若々しくなり、今は家庭に仕事にと精力的に活躍されている様子が伺われた。生き方や気力の持ち方、周りの状況が変われば人はかくも大きく変わりうるものなのか──そんな感じである。

▼学校に行けなくなり引きこもり状態となっていた息子さんがすっかり意欲を失っていた時、お母さんもまた深く沈み込んだ状態にあった。足繁く通った教育相談、医者通い、投薬…、しかし一向に改善の兆しは見えず、殆んどさじを投げた状態でのフリースクール・ぱいでぃあへの相談であった。だから、親子とも当初はまったく私達に期待していなかったかもしれない。だから私達の言葉に従い、車で送迎はすることにしたものの、「来ても5分と経たずの退席」からのスタートだった。

▼それでも、他所には絶対足を向けようとしなかった息子さんが、たとえトンボ帰りの連続からの始まりではあっても、とにかく母親の車に乗ってやって来ようとしたからには、私達の言動に何かを感じたからに違いなかった。その蜘蛛の糸のように細い信頼の絆が、彼を徐々にそこから引き出す作用をしたのである。それまでは直ぐに帰っていた彼が、少しは私達の話しを聞くようになり、少しずつ会話が来るようになり、生徒が帰った後の誰もいない教室をのぞいてみたり、そこに座ってみたり…、そして、遂に皆と同じ教室に腰掛けるようになったのだった。

▼フリースクールの活動に参加して通常に活動できるようになってからは、持ち前の真面目さや真摯さもあり、少しずつ少しずつ薄皮を剥がすように変わって行き、自分に自信を持ち始め、無事進学も果たした。そして今年の春、めでたく念願の大学にも進学できたのである。それは彼なりに不登校というレッテルを貼られた偏見からの脱却の過程でもあったろう。「不登校とは負け犬になることではない。一つの生き方の選択である」ことを彼は見事に証明して見せてくれた。今後とも、その体験を否定せず、貴重な体験として活かすことに意味があろう。

▼お仕事で忙しい中、わざわざやって来てくれたお母さんは「当時はよく見えなかったけれど、今は物がよく見える。本当の物は何か見分けられるようになった」とを話された。だから、これからもいろいろな人のためにぱいでぃあに頑張って欲しいと。そう言って、今回もまた応援の寄付を差し出された。ありがたい!ぱいでぃあを飛び立たれた方の中に、このような形で応援を申し出られたり、「当時は自分達のことで精一杯だったが、今だから出来る」と有形無形の形で応援して下さる方達がいらっしゃる。私達の活動はそういう見えない手、これ見よがしではないけれども陰に陽に差し出される様々な手に支えられていることを忘れないようにしたいと思っている。

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12月26日は〈「大人のフリースクール」ティーパーティ〉です 参加歓迎

2011.12.25.16:26

明日は〈「大人のフリースクール」ティーパーティ〉です。

他のところでご覧になった方もいらっしゃるかも知れませんが、明日はティーパーティ「大人のフリースクール」(第一回)の開催日です。
改めてお知らせします。
http://freeschool-paidia.com/imadekirukotoyarubekikoto.pdf

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■日時 2011年12月26日(月)午後1:00開場 1:30~3:30(~4:00)
■会場:浦和コムナーレ10階14集会室(浦和パルコ10階
■参加費:1000円(紅茶orコーヒー+ケーキのセット付き)
     (※紅茶orコーヒーのみの方は、500円です)
■講師:荻島利広(子ども支援ネット・親父の会:代表)
■主催:NPO法人教育ネットワーク・ニコラ
    「大人のフリースクール」実行委員会
    http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/
    電話・FAX 048-813-6177 メール ganbarujan@gmail.com
    〒336-0017 さいたま市南区南浦和3-5-8
◆会の後、二次会(懇親会)も予定あり(希望者)
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▼「大人のフリースクール」──それは必ずしも既成の枠に収まらない大人のイメージです。今までも「大人の学校」とか「大人のスクール」などがあり、それはそれで素晴らしい活動をされてきたと思いますが、どこかお行儀が良過ぎはしないか…。もっと世間の常識や枠に囚われずに自由に語り行動してもいいのではないか…。今、日本はそういう人たちを求めているのではないか。時代を切り開く人たちとはいつもそういう人たちではなかったか。現に私たちの周りにもそういうことを実践している人や実践されてきた人たちがいる。では、まずそういう人たちに率先して語っていただこう──そんな思いからこの企画が生まれました。

▼過去20年の日本は〈失われた20年〉と称され、大人も子どもの明確な展望を開けぬまま〈とりあえず〉の生活を送ってきました。でも、海外と比較して日本の若者の夢や希望のなさは特異でした。そして、3.11の東日本大震災、続く福島第一原発事故とその対応は日本の完全な行き詰まりを象徴するかのようです。まさに〈出口なし〉の状況。テレビや新聞で安全神話を振り撒き子どもたちの命を危険に晒すやり方には大きな疑問も渦巻いています。果たして、日本に未来はあるのか、あるとすれば何が可能なのか──。

▼今回は子ども支援ネットさいたま・親父の会代表:荻島利広さんに自由に語っていただき、それを受けて議論を展開します。荻島さんも不登校の子を持つ人の親。そこから見えてくるもの、そこからしか見えて来ないもののあるかもしれません。と、同時に社会的には人を導き組織を展開する立場にもあります。教育ネットワーク・ニコラのためにも様々な尽力をされています。そうしてまず大人が元気になり、青少年・若者に大人の活力ある姿を見せることによって今を生きる子どもたちや若者に未来を生きるエネルギーを分け与えたいと思います。

▼どなたでも参加できます。老若男女、身分や地位の有無・上下を問いません。聞くだけでも勿論結構です。当日の飛び込みもOKです。年の瀬の一時、みんなで元気を分かち合いませんか?!


※「大人のフリースクール」第一回〈今できること やるべきこと〉からの報告です。



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不登校の子どもを持つ親のための学び

2011.08.14.23:58

子どもが親の思う通りに動き出さないからといって、親はみだりに焦らないことが肝要だ。たとえば、フリースクール・ぱいでぃあには、子どもが自立して、自分の足で歩き出すことを最終目的にしているようなことが書かれている。だからだろうか、生得的に障害を持っている子よりは──私どもはそういう区別をしていない、だから実際には車椅子の子どもたちもここから飛び立った──どちらかというと学校教育の途中で精神的な問題を抱えてしまった、あるいは発症してしまったというタイプの子どもたちが多い。

▼しかし、体験的に言えることだが、学校生活の中で凹んでしまった子よりは生得的にハンディを抱えている子どもの方が強いことが多い。見た目は身体的にハンディのある子の方が何かといじめ等のターゲットにされやすいようなイメージが強い。事実、子どもたちはそういう場面に多く遭遇するはずだ。しかし、彼らはハンディを背負っている分だけ撃たれ強くなっている。はっきりと自分の思いを主張できる子どもが多い。そうすることで身体的ハンディがあるにもかかわらず臆することなく周りと伍する関係を維持している。ところが、学校生活の中で自分を支え切れなくなった子どもは、どうしてそこで自分を責めるの?と歯痒くなるほど脆く、弱くなっていることが多い。

▼そういう子どもはおそらく学校での集団生活の何かの場面で自分で自分を支え切れなくなるような場面に出会ったのだ。しかし、それが何か特定することは難しい。複合的な物が何かのきっかけで突発的に生じるということもある。また、いじめ、陰口、無視だけでなく不登校や自殺もあったりするのが今の学校だ。だから、我が校にはいじめはありません、などという校長はまず疑った方がいい。あって当たり前で、絶えずそのための心配りが必要なのだ。そういう子が学校生活に絶え切れなくてフリースクールにやって来た場合には、何よりもその子の思いに沿った受け止め方が欠かせない。

▼それはその子におもねるというのとは訳が違う。それはその子自身が自らの努力でゆっくりと自尊感情を取り戻し、自分で今の自分を乗り越えていくために必要な関わりだからである。それは、今はすっかり挫けてしまってはいるけれども、最終的には大丈夫、立ち直れる、自分を受け入れ愛せるようになるというその子の内包している力への信頼である。これは私たちは20年近くの子どもたちとの関わりの中で体験的に子どもたちから学んだことである。ところが、世のお母さん方の中には、我が子が最初で最後の経験であることも多く、それが出来ないことが多い。

大人と子どもでは、たとえるならば歯車の回転数も違え歯数も違うのだ。同じリズムではない。ちょっと距離を置いて見れば、もしかするとこの子がこうなったのは多分に親の自分のせいではないか?と思われることも多いのだが、またしても親が子どもの思いに寄り添うどころか振り回してしまう。皮肉なことに、親思いの子どもほど親をかばい、タメなのは自分であり、親の思いに応えなければ…とますます自分を隅に除けてしまう。つまり、親にとってのいい子を演じてしまうのだ。また、親の方も口では子どもがそう言っているから、そう思っているから、と子どもを尊重し子どもの言い分に合わせたような言い方をすることがある。だが、それは子どもが親の喜ぶようにと先回りして言った言葉であることが実に多いのだ。

▼親に庇護されている子どもにとって、それが善であろうが悪であろうが問題ではない、親が自分に向かって言うことは、絶対的な基準なのである。子どもが思春期を過ぎ、親の肩越しに親の背後にどんな世界があるかを知るようになれば別だが、それまでは親は子どもに対して絶対的な権威を有している。だから、不登校という子どもの問題は子ども自身の問題であると同時に子どもだけの問題ではない、ということになる。だから、学習塾に子どもを預けるように、子どもをお任せしますのでよろしくお願いします、と言って子どもの問題に終始することは出来ない。フリースクール・ぱいでぃあで毎月「教育広場&親の会」があるのはそのためである。


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Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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