ぱいでぃあの春休みの中で…新年度に備えて

2012.03.24.18:48

赤塚城址山頂から眼下を望む
  赤塚城址山頂から眼下の太公望を望む

フリースクール・ぱいでぃあは今日(24日・土)から本格的な春休みである。東京新聞の4コマ漫画には、今日から寺子屋も春休みとある。寺子屋の休暇が実際にどうなっていたのかは寡聞にして知らないが、面白いと思った。ただその中で、子どもが春休みを学校(寺子屋)から解放されたと考えるのではなく、自立した自分づくりの休暇と考えているのが面白いと思った。言うなればフリースクールも寺子屋の流れ。そう考えてもらえると嬉しい。

▼が、子どもが春休みになったからと言って、フリースクールが暇になるわけではない。普段できなかった雑務がドットある。だが、普段の時よりも問い合わせ等が多くなるのも確か。そういう相談も欠かせない。面白いことに、フリースクールの4月というのは、文科省下の学校と違って生徒が一番少ない時かも知れない
 もう腹を据えて4月からフリースクールで通うことに決めた親子が来るのも確かだが、子育ての時期は子どもにとって一番大事な時期であると同時に、親御さんにとっては一番仕事で忙しい時でもある。働き盛りの時期でもある。逆に言えば、家計に余裕が生まれるのはむしろこれからのことなのだ。

▼だから、勢い、もうこの子は学校に通うのは無理かもしれないと気付いていても、不登校になった我が子をフリースクールに通わせる時期をなるべく先に伸ばしたい。できたらその間に、我が子に立ち直って欲しいとも思っている。そこで、3学期の間は「もしかしたら4月から通いだすのではないか?」と期待し、4月にそれが上手く行かなかったときは「もしかしたら4月中には…」と思い、さらに「5月の連休明けまでには…」と思い、とうとう6月までスレ込み、結局1学期の間「もしや、もしや…」で終わってしまうということも決して珍しいことではない。だが、先延ばしされた分だけ、子どもの方は確実に心の状態が重く進行していくことになる。

▼そういう中、毎年のことだが、それまで家庭で悶々と過ごしていた親子とか、他のフリースクールに行っていたという子が、「フリースクールに行くなら、ぱいでぃあにと思っていた」という人達が必ずやって来る。中には小学校の時から思っていたけれど、中学校になったのを切っ掛けに…」などという家庭もある。そういう家庭は、上辺の宣伝だけでなく、じっくりと検討した結果であることが多い。義務教育ならタダではないがそれなりに廉価だが、民間のフリースクールに通うにはそれなりの構えも必要になる。だから、出来得る形で「ここに来て良かった!」と思えるようにしたいと思っている。幸い、微力ながらそれに応えてこれたかなと思っている。

「生きる喜び・学ぶ楽しさ」ーーこれがフリースクール・ぱいでぃあのモットーである。『不登校のエリートが行くところ」とか「勉強第一のフリースクール」等という評が一部にあるようだ。不登校になったからといって勉強を放棄しない、自分に投げやりにならないということでは必ずしも間違っているとは思わないが、活動の全体からすると大きく的を外れているといつも思っている。結果として自分を肯定的に捉えられるようになった子ども達がそうなるのであって、まず何よりも先に「自分にイエスと言えるようになる」ことが大前提である。
 だけど、このことを敢えて言わなければならないほど、今は子どもの世界も大人の世界も大変な状態になっているのだと思うととても悲しい。せめて何かの縁あってぱいでぃあにやって来た子ども達には、人の有難み、人の温もりに触れることで、自分自身にも自信を持って生きられる人間になって欲しいと思っている。

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ぱいでぃあの卒業・進級を祝う会から思ったこと…不登校支援の歩み

2012.03.19.18:25

20120315 sotugyousiki

ぱいでぃあの卒業・進級を祝う会から思ったこと…不登校支援の歩み

3月15日(木)無事今年度の卒業・進級を祝う会を行った。昨年度は11日に未曾有の東日本大地震が起き(丁度その年の最後の親の会をやっている最中だった)、福島第一原発の事故が起き、更に停電による交通マヒ、計画停電の実施と続き、15日に予定していた卒業の行事は流れてしまい、31日には計画停電がないという情報を得て急遽、本当にぎりぎりのところで催したのだった。それから一年が過ぎた。地震だけでなく今後数万年にも及ぶかもしれない福島原発事故の深い災禍を残し、今なお修復には程遠い。それでも、有り難いことに、関東の地に住む私たちにはそれなりの日常性が回復している。

2000年にフリースクール・ぱいでぃあを設立してから何回目の卒業式となるか?思えば、子どもたちの育つ現場から声を発しようと1995年6月に月刊教育雑誌『ニコラ』を立ち上げた時から不登校との本格的な関わりは始まった。(『ニコラ』は幸い、84号まで刊行できた。)まだNPO法の存在のカケラもない時代の民間からの教育活動への参入であった。その当時、学校は善であり、不登校となる子どもは情緒的に問題のある子がなると見なされた。埼玉の教育センターを取材した時も不登校児は一律に「情緒障害児」と分類されていたいた。おそらくこの埼玉の地だけでなく全国的にもこういう形で教育行政に「ノー」という声を挙げたのは、私たちが初めてではなかったか。だから、毎日、朝日、読売の三大紙だけでなく群馬や新潟などの地方紙からも取材を受け、「ニコラの会」の活動はテレビやラジオでも紹介されることになった。

▼その頃は「子どもが不登校になったらお先真っ暗、この子の人生おしまい」というような感じだった。月刊教育雑誌『ニコラ』を始めた当初、不登校問題について県教委にも尋ねた。大量の不登校生がなぜ学校教育から生まれるのか。不登校の子どもたちに対する対策はあるか?と。だが、県教委からの答えは、「何の対策も考えていない。子どもと家庭の問題である」というものだった。また、私立学校でも「不登校の子どもたちは問題外」というけんもほろろの扱いだった。が、15才の子も5年経てば20歳となる。子どもの育ちに待ったはない。そこで私どもは関東一円で不登校に寄り添う教育機関はないかと尋ね、『ニコラ』の読者などの協力もあり、東京文理、東京国際、渋谷高等、武蔵国際、栄光国際、クラーク国際、東京共育、白根開善、豊島ヶ岡、東京都専修学校各種学校協会など10校に呼びかけて、浦和の埼玉教育会館で盛大な会を催した。それが公然とした形での「不登校からの異議申し立て」の最初ではなかったか。教育会館2階の会場は立錐の余地なく、多くの人達が立ったままでの「不登校相談会」(後に実践報告会へと発展)となった。

▼私たちがその後、秋と春の二回、東京や埼玉を中心に月刊教育雑誌『ニコラ』(「ニコラの会」)主催の教育実践報告会などの活動を通して目指したことは、「不登校の認知と市民権の獲得」「不登校となっても多様な進路はある」ということを、当時の不登校となった子どもや親御さん、そして不登校を生み出す学校の教職員へ周知することであった。だから、今でこそ民間のサポート校などが隆盛をふるい、そこにビジネスチャンスの匂いを嗅ぎ取って参入してきたのとは全く違っていた。純粋に止むに止まれぬ一念からの行動であった。後に、「フリースクール・ぱいでぃあ」という形で不登校の子どもたちの直接の支援に乗り出すようになったのも、「不登校になっても大丈夫という希望が持てるようになった」けれども、「うちの子はまだ中1なんです」「うちの子は小学です」という親御さん達から「義務教育を終わるまで待たなければいけないんですか」という声を多く聞くようになったからであった。当時、わずかにフリースクールやフリースペースはあったが、特殊な思い込みの強い極めて巾の狭いものでしかなかった。そこで「不登校の子どもたちの中にこそ多様な個性を持った子どもたちがいる。そういう子どもたちを支援したい」というのが、フリースクール・ぱいでぃあが設立に踏み切った理由であった。

▼そういう思いからすると、不登校産業らしい面々は増えたが、果たして不登校生に対する想いはどうなんだろうかと思わないでもない。不登校がダシに使われてはいまいか。そもそも今の学校教育が不登校の子どもたちをこれほど大量に(全国で約12万人、埼玉県内で6500人程度)排出すること自体が厳しく問われるべきなのだ。なのに何を勘違いしたのか民間のサポート校と競合しそのパイを奪うかのように不登校対策名目で幾つかの高校を新設した。これは公教育の不手際を別の形で尻ぬぐいしている姿をカムフラージュしているようにしか見えない高校無償化まで打ち出す一方、義務教育の不登校の子には教育公費が一銭も落ちない仕組みがある。無償の義務教育制度は不登校生にとっては何の意味もない。絵に描いた餅である。しかし、こういう批判は本来私たちがやるべきことではない。子どもの教育権を持った父母達が自ら動くべきことだ。「そのために力と知恵を貸してくれ!」と言うのであればいくらでもその用意はある。そこが教育ビジネス第一の人たちとは違う。

▼いろいろ不登校問題と関わる中で分かってきたことがある。親御さんに耳の痛いこともある。不登校となった子どもを持つ親御さんの殆どはただオロオロし愚痴を言うだけ。自ら動こうとしない。逆に善意で関わって火傷させられたこともある。まだはっきりと意味付けできない子どもが何を訴えているかを理解せず、外れた我が子を必死にもとに戻そうとすることもある。「学校を離れたからこそ今がある」という道もあることを理解しようとしない。排除された者ほどその価値の信奉者であることが実に多い。だから、孟母三遷の喩えは別の意味で深く考えさせられる。この間「大人のフリースクール・ティーパーティ第3回」〈不登校からのはばたき〉で「有名人の不登校」を紹介したが、個性ある人達に元不登校だった子が多いというのは、何も石原慎太郎氏に限らない。

▼祝う会でわたしが紹介したのは究極の不登校生・アインシュタイン。業績はあげるまでもない。こんな言葉がある。「どうして自分をせめるんですか?他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、いいじゃないですか。」「常識とは18歳までの偏見のコレクションである。」「学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそが教育だ。」「人生を楽しむ秘訣は普通にこだわらないこと。普通と言われる人生を送る人間なんて、一人としていやしない。」「私の成功の秘訣がひとつだけあるとすれば、ずっと子供の心のままでいたことです。」「人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる。

▼この最後の言葉は特に重要だ。不登校になった当事者は誰でも自分のことで頭がいっぱいだ。しかも自分のキライな自己否定の感情でいっぱいだ。しかし、本来それは自分で評価したものではない。他人の自己評価(普通・標準が基準)を鵜呑みにしたに過ぎない。本当はそんなものは自分の考えではない。つまらぬ基準を絶対のように思い込まされているだけである。だから、もしあなたがそれに負けない自分を持てるようになれば、普通を押し付けてくる人間が自分より余程つまらない人間であることを見出すはずである。泳ぎが出来なくて溺れている状態にあるのだとすれば、やがては自分で泳げるようになるだろうし、もしかしてそこは自分の足で立てるところかもしれないのだ。そういうことが、フリースクール・ぱいでぃあの活動の中では身体や心の持ち方や頭脳の使い方などを通じて自然に身に付けることが出来るだろうと思っている。学校と違って、フリースクールという場は子どもたちが主人公の場なのだから。自分が他人の心の中で有用性を持たれるようになった時、あなたはもう不登校にこだわることは意味がなくなる。

※一部編集ミスで記事が消失し、修正加筆しました。
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社会体験学習「パウル・クレー展:終わらないアトリエ」を観ての雑感

2011.07.28.18:28

paul klee1

「芸術の役割は見えるものを表現することではなく、見えないものを見えるようにすることである」(パウル・クレー)

▼先にぱいでぃあの月間予定表でお知らせしていたように、27日は東京国立近代美術館の「パウル・クレー展:終わらないアトリエ」に出かけた。学校はすでに夏休みに入り、クレーに興味のある一般の大人(日本人に人気がある)、家族連れ(夫婦・親子など)、先生の引率による中高生(修学旅行で来ているのだろうか?)、美術を志す画学生などで賑わう。それでも、土日ほどの混雑ではない。

▼クレーが画家として活躍した時代は、古典派や新印象派等の時代とは異なり、すでに世の中に写真機という文明の利器が登場していた。クレー自身、「アトリエ写真」という形で製作のプロセスを写真で記録に残すのに大いに活用している。ただし、写真の登場によって絵画に革命的な変化が起きたのは確かだろう。それまでの肖像画や風景画等を見れば分かるが、それまでの絵画には外部から見たままに写実的に記録するという役割もあった。絵画で描かれたものが「似ている・似ていない」という言い方はこうして生まれたのではないか。しかし、写真の登場によってそういう絵画の役割は劇的な変化を遂げることになる。単に視覚的に記録するだけなら、写真に勝るものはない。

▼だから、写真の登場によって、絵画は写実的な描写をするという役割から解放されたというか、永久に客観的に記録するという役割を失った。そのことによって絵画は新たな存在理由が求められることとなり、以後画家たちは内的必然による絵画表現の探求に乗り出す。たとえば、ピカソも完成された古典主義的技法からの脱却に新たな画家のあり方を求めたし、一時期同じバウハウスで仲間として過ごしたカンジンスキーの具象から抽象への試みも、このクレーの新たな線描と油彩の試みからのコラージュ的手法による解体や再構成の試みなども、そういう絵画表現活動に向けられた新たな返答の模索であったのではないか、と勝手に思っている。

▼今回のパウル・クレー展は、ところどころに実際に彼が活動したアトリエの写真を配し、4つの製作プロセスと特別クラスとで5部門に分け、良くも悪くも教化的な視点を強く打ち出した夏休み向けの企画となっていた。そのため、アトリエにカメラの視点を置き、その製作の現場に立ち会うという試みはある程度成功していると言える。しかし、逆にそのために彼の絵画の創造の秘密に深く分け入るというよりは、何となくその入り口で終わってしまったのではないかという感想も否定できない。

▼しかし、それでも彼自身が描いた素描をもとに新たに黒い描線を転写し、彩色していくという手法の説明はクレーの絵画制作の手法の一端をリアルに語る。彼の素描はそれ自体で完成品だ。線描に一筆書きの手法が巧みに取り入れられているのも注目だ。それ以降の製作プロセスの解説もコラージュ&コンポジション的手法の展開のバリエーションを上手く説明しているが、語りに落ちる趣も拭えない。もっと自由に作品そのものに語らせてはどうか。一枚の紙の裏表に別の作品が描かれていることの説明にしても、むしろ常識的な視点を当ててみることも必要だったのでは?画家の場合には彼に限らず習作としてはあり得ることだし、中にはそのまま独自の作品に展開していったものもあったろうくらいに。クレーの神聖化作業かなとも思え気になった。

クレーの作品には様々な音楽性がある。それは彼の線描にも色彩にも感じられる。様々な楽器が鳴り響き、交響的な音の重なり合いもある。彼の両親は音楽家であったようだし、クレー自身、自分でもバイオリンを演奏し、バッハやモーツアルトを愛して止まなかったという。ポリフォニー、フーガ…多彩な音の響きがそこにある。しかし、なぜか会場で私が合うかもしれないと思ったのはエリック・サティの音楽であった。いや、近現代の音楽の中にはもっと相応しい曲があるかもしれない。もしかしたら、彼の絵画をイメージして描かれた作品などもあったりして。会場の売店で、「キミもクレーになれる」という子ども向けの塗り絵が売られていた。「おもしろいな!」と思った。会場でも子どもたちがクレーの作品を謎解きのように楽しんでいる光景もあった。そういう遊戯性も彼の重要な持ち味だろう。

▼さて、こういう絵画の鑑賞がどう子ども達の絵画に活かされるか。児戯的なことからはじめて見たい。
▼ちなみに、晩年のクレーに「死と火」という作品がある。あたかも原子力発電所を扱う人間の未来を予告するかのように。

■参考
東京国立近代美術館:「パウル・クレー:終わらないアトリエ」
パウル・クレー
クレーの画像
日本パウル・クレー協会
パウル・クレー
パウル・クレー
よく分かるパウル・クレー、音楽を描いた画家 :日本経済新聞

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こういう時だからこそあえて卒業式を

2011.04.06.01:32

3月11日2時46分ちょうど私たちは今年度の卒業式の打ち合わせを含めた拡大「教育広場&ぱいでぃあ親の会」を行っていた。突然ビルの建物が大きく揺れ、部屋全体がうねるように動き出した。水槽の水が波打ち溢れる。大地震だと直感した。今まで話し合いを進めていた親たちの顔に緊張が走る。中には恐怖で青ざめている親御さんもいる。

「横揺れだから、大丈夫!」と私は親御さんたちに言った。関東では今までに経験したことのない大きな揺れではあったが、幸い縦揺れではない。室内は大きく揺れているが、本箱も上に積んだ荷物も落ちては来ない。ある程度の地震は想定して、支えをつけてあるのが効いていた。窓の外では電柱や電線が大きく揺れている。だが、親御さんたちには椅子に腰をかけたまま様子を見て、動かないようにしてもらった。こういう時には慌てて動かないことが肝要だ。得てして狼狽えたことが二次的な事故を招くことが多い。ビルの外に出れば、ガラスや瓦が降ってくるかもしれない。時にはそれの方が危ないのだ。

目の前のパソコンにすぐ震源地が宮城か岩手辺りであることが報じられた。大きな津波の心配があるという。これで、埼玉に住む我々は震源地に住む東北の人たちを案じつつも、余震がある程度落ち着いてから、会議の続きを始めることになった。この時、この地震を物凄く怖がり一種のトラウマのような表情になっている親御さんがいたのでお話を伺った。その方は上のお子さんがまだ生後数カ月の時に、北海道で震度7の大地震にあい、家の中のものはみな崩れ、外では地面に地割れが走り、生きた心地のしない体験を味わったことがあり、今でもその恐怖がぶり返すのだと言った。
 その時、その方の辛い思いを共有したものの、東北の人たちが巨大地震とその後に襲った巨大津波にどんな悲惨な状況を体験することになったか知る由もなかった。まして、その後に福島原発事故という未曾有の人災が襲うことになろうとは。
 予定では、3月16日に卒業式を行う予定になっていたが、福島の原発の故障による停電と、原発の事故と続き、事態はますます悪化し、電気が止まり電車も止まり、関東の小中高大の学校でも急遽臨時休校や卒業式の延期(後に卒業式の停止も多く出た)ということになっていった。

▼確かに、東日本の人たちの惨状を思えば、とてもお祝い気分ではない。ぱいでぃあでもなし崩し的に休校が続き、3月の残りの授業もやむなく終わりとなった。そして、卒業式の目処も全く立たなかった。
 しかし、そういう中でも、渦中を免れた人たちはそこで停滞しているわけにはいかない。東北がそういう状態になっていればなおのこと、後方支援に立つ我々は動じることなく行動しなければならない。一見非情なようにも見えるが、それが支える側としては大事な態度でもある。心ない者たちが買い占めに走り、それまで比較的安定していた秩序をかき乱し、自分たちで首を締め合うような浅ましいバカな振る舞いはあってはならないことなのだ。

客観的な事情としては、ぱいでぃあを設立して以来始めて、今年は卒業式がない年になることを半ば覚悟した。親御さんには忙しい中を時間を割いてもらって卒業式の準備を進めてきたが、やむを得ない。自分たちが招いたことではないし、自分たちだけが飛び跳ねても何も好ましいことはないように思えた。
 事態は「想定外」の連続、未曾有の事態の連続で、好転は望めそうにもなかった。しかし、だからこそ状況に流されたくもなかった。言い訳は好きではない。これは喩え話だろうが、放置され忘れられていたビンを持ち上げるとその中から一匹の蜘蛛が逃げ去ったのを見て、多分その蜘蛛は長い間やがて自分が開放されるであろう日をじっと待っていたのだ、という話があった。諦めてはいけないのだ。

▼そう思っていたところ、「東電の計画停電(本当はとんでもない無計画停電だが)が31日は中止」という情報が入った。3月はその日しかない。その日をのぞいて卒業式はない。そこで、大学の卒業式まで中止となる中で、手分けして、ささやかな形でもいい、急遽卒業式を3月31日に決行することにした。海外に飛んだ人、家族で旅行に行っている人、どうしても都合のつかない人などがいるのはやむをえなかった。とにかく参加できる人たちで、この時だからこそ楽しく意味あるものにしようではないか、ということになった。彼ら不登校生はもちろん、学校に行っておらず、学校の卒業式には参加しない。そういう彼らに一つの人生のけじめを見せることは必要なことに思われた。それが我々の卒業生への餞(鼻向け)であった。卒業式は規模は小さかったけれどそれなりに意味のあるものになった。やはり、やって良かったのだ。彼らは今日を最後に公立、私立、通信制などそれぞれの高校に進んでいく。その時、この未曾有の状態での卒業式がきっと一際意味あったものとして振り返る時がくるかもしれない。

※どんな卒業式であったか、その中身については機会を見て話したい。

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 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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