2016年度「保護者や教員のための不登校セミナー:第二回」開催のお知らせ

2016.09.24.14:11

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不登校になった時 : フリースクールと学校と…(2)学校を放れる子どもたち

2016.09.14.00:09

不登校になった時 : フリースクールと学校と…(2)学校を放れる子どもたち

▼フリースクールの門を叩くまで
 このサイトを訪れ、このブログに目を通される方というのは、たぶんお子さんが不登校になりしばらく様子を見ていたが改善の余地がなく、何かいい手立てはないものかと思い余っての方が多いのではないかと思う。ただし、ただ様子を見るとはいっても、ただ黙っていたわけではあるまい。たぶん、最初は担任を通して、それでも埒が明かない場合には学校の責任者である校長とも話し合った…もちろん家庭ではできるだけのことはした、という方が多いのではないかと思うが、いかがだろうか。
 そういう方が、不登校の子どもたちを引き受ける「フリースクール」というところがあるのを知って、本当に我が子でも大丈夫なものか半信半疑のまま、フリースクールの門を叩いた…そういうこともあるのではないか。

▼学び活動する子どもが主役のフリースクール
 フリースクールに電話をして、実際に相談するために会って見た方は驚かれるかもしれない。「フリースクールって、こんなに不登校の子どもに理解があるところなの?!」と。学校との落差は大きかろう。
 学校は多分に「健常」な生徒な生徒が対象であり、その権限は学校の先生が握っているように見える。学校での主役は先生なのだ。それに対して、フリースクールは大部分が不登校などで学校を放れた子どもたちばかりなのだが、その主人公は生徒たちと言い切れば語弊があろうが、どうも活動の中心には一人ひとりの子どもたちがいて、主役は先生ではなく生徒のようだ。とにかく、学び行動する子どもを取り巻く環境が学校とはまるで違う。そこではどの子も自分らしくいられるようである。

▼フリースクールと聞いて豹変する学校
 こうして、フリースクールで話をして、親子共ども共感し、「体験学習」を通して子ども自身が肌で感じ取り、もう学校に戻る気がなくなり、いざフリースクールに通い始める時になって、奇妙なことが起きることがある。毎月の通級報告や通学定期の発行とか、今後の連絡のあり方とかで、子どもに代わって親御さんが学校に出向くことがある。そして、そこで学校側は親御さんの口から子どもが学校に見切りをつけて、気持ちを切り替えて元気にフリースクールに通い始めたことを聞くことになる。
 これまでは子どもが学校に通えない状態のまま何年も放って置かれ、親御さんの要望も聞き流されるような状態であった。また、一向に不登校になった子どもの気持ちに寄り添うようにも見えなかった。それで、親御さんとしてはこのままでは埒が明かないと思い余っての行動であったはず。ところが、学校側は、「子どもがフリースクールに行き始めた」と聞いた途端、それまでの通り一遍の儀礼的な態度を一変させて、妙に物分りの良い、こどもや生徒思いの先生方に変身するのだ。

▼年齢主義で放置していた学校がとる逃げ口上
 そして、それまでの態度を一変させた学校は、今までもどれほどその子を心配して見守って来たか、考えつく方法を模索してきたか、そして今新たにその子に合った受け入れ方法を用意しているか…などを切々と語りだしたりする。今まで何年も放置して、勉強ができようができまいが年齢が来ればそのまま卒業させることで済ませてきた学校が(日本の学校教育は年齢主義で当該の年齢が来れば卒業させるか放校させる。夜間中学に高齢者が通っているのはそのため。残念ながら今でもそういう措置を取る学校がほとんどだ)である。
 ところが、そういう学校の言い分は殆どはその場の出任せ、と言ったらキツイだろうか。その学校の生徒が学校に見切りをつけたことに驚き、とっさに取った応急措置に過ぎない。思いつきの逃げ口上である。もし本当にそうであったならば、今まで何をしていたのか。たっぷりと時間はあったはずである。でも、実際には、その子のためになることはほとんど何もやって来なかったのである。

▼再度のダメージを受ける恐れのある学校復帰
 ところが、困ったことに、その口車につい乗ってしまう人が出てくることがある。「そこまで、我が子のことを思ってくださるなら…」と親御さんは思うわけである。でも、大抵の場合は、子どもの抵抗で泡と消える。子どもは学校でどうであったか肌で理解している。おいそれと口車には乗らない。でも、中には子どももそれを信じて通い出すこともある。学校は子どもが離れたときと本質的に何も変わっていないにもかかわらずである。そういう場合、意外にうまくいくこともたまにある。だが、その子が再び心の傷をえぐられるような体験をするようになった時、今以上に辛い結果が待っている。
 確かに、その学校の先生は子どものことを考えて色々やってくれるのかもしれない。でも、「無理解の善意はあからさまな悪意よりもたちが悪い」こともある。「ここまでやってやっているのに…」と思いやりが非難に転じることさえある。そして、一度ならず二度目のダメージがその子にとって再起困難なほど決定的に作用することも起きてくる。

▼変わりたければ自ら動くしかない!
 かつて不登校は「原因はよく分からないが、どの子にも起こり得る」と言われた。確かに不登校は多岐にわたり当初はそう言われた。だが、それはまだ臨床例も少なく研究が未熟であった頃の話である。少なくとも今では現場では不登校の類型は掴んでいる。学校や家庭を取り巻く人的社会的環境の大きさも分かってきている。それは弱肉強食的なせめぎ合いというよりは適者生存に近いかも。近年は食物や薬物等による身体的問題もあるが、先進国特有の文化的問題もある…。
 ただ、それらに共通して言えるのは、本来は大人の次元で解決すべき問題が子どもの次元に影響を及ぼし、不登校という子どもの問題として発現していることである。では、どうすればいいか。
 「子どもが危険を感知したらまず逃げるしかない」つまり、「危険な場を離れる」こと、「環境を変える」ことである。そのためにはどうすればいいか。個人の思いを変えるだけでは環境は変わらない。自分の周りの環境を変えるには「自分の周りの風景を変えること」、つまりは「自ら行動すること」である。だが、「変われ!」と念じるだけでは何も変わらない。本当に変えたければ、自分で動くしかないのである。自らが動き出した時、全てが変わる。全てが動き出す。 

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不登校になった時:フリースクールと学校と…

2016.09.05.01:51

 ▼不登校支援の関係者でもない限り、不登校の子どもと接することはどの人にとってもいわゆる初心者である。親御さんにとってだけでなく、一般の教員にとってもそうであることが多い。親御さんの場合には、いわゆる「学校神話」の影響の強い人ほどそのショックも大きかろう。場合によっては、不登校の当事者である子どもよりもパニックを起こす。子どもと思い描いた人生の設計図に綻びが生じ、学校への思いが強いほど、我が子の未来のチャートが描けなくなる。このことでそれまでの学校一直線の路線に絶望する人もいれば、逆にますます学校信仰にのめり込む人も生まれてくる。

 ▼ここで近年、親御さんだけでなく学校側にも特徴的な動きが起きている。一つは、不登校の社会的認知が広がったせいだろうか、子どもが不登校だからといって親御さんも学校側も以前ほど騒がなくなった。「ああ、不登校なのね」と言った感じだ。しかし、親御さんの側と学校側では不登校に対する見方は180度違う。親御さんの場合には、上記に述べたような具合だが、学校側、いわゆる教育行政の側は「時が解決する」とでも考えて、なるべくおっとりと構えている感じだ。  具体的に言えば、「基本的に生徒の側の問題」という姿勢は変わっていないように見える。だがら、不登校になった子どもには余計なケアや経済援助はしない。「不登校の子に教育バウチャーを!」などと言う声には一切耳を貸さない。

 ▼小中学生は「義務教育だから無償」というのはもはや先進国では当たり前であり、その年令の子どもが不登校になったのだから、その子のための別の形での経済的支援があって当然と思うが、日本では一切認めていない。だから、一部の富裕層や経済的にある程度余裕のある家庭以外は、経済的に子どもを支援できず、「不登校=教育棄民」の状態に陥ってしまう。いや、勘ぐって考えれば、不登校になった子には物心両面でより辛い思いをさせ、「ほら、学校を離れると大変だろう。早く戻って来なさい」という方向に意図的に導いているのではないかとさえ思ってしまう。  不登校でも経済的にゆとりがあって自由にフリースクールや専属の家庭教師等の道を見出す一部の人はやむを得ないとして、それ以外の方法が取れず、結局は家庭でブラブラしているような不登校生については、従来の定時制高校の統廃合によって新たに作り上げたチャレンジスクールとかパレットスクールとかの名称で呼ばれる学校に誘い込もうとしているように見える。

 ▼さて、ここに学校がよく使うやる幾つかのパターンがある。その代表的なものの一つを紹介したい。我が子が不登校になった場合、大抵の親御さん方が取る行動にも類型がある。「学校に行きたくない」というわが子の気持ちを何とか変えさせようと試みるのもその一つ。場合によっては心療内科や精神科の医者にもかかり、心理テストだけでなく、投薬を処方されることもある。学校から紹介された機関に通わせてみたりもする。それで親の思惑通りというか、大したこともなく収まることもある。しかし、大抵の場合には。いろいろやってみた挙句、「もうこれ以上は無理だ。限界だ。強要しない方がいい」と悟ることになる人もいる。中には、我が子の不登校の原因らしきものが明らかに我が子以外にあると気付かれる親御さんもいるかもしれない。しかし、それが当人に起因するかどうかにかかわらず、大抵は不登校の子どもの親御さんが自費で行っている。そういう極めて理不尽な関係のもとに不登校の子どもたちが置かれているわけである。  ところがである。それほど理不尽な関係性の中に自分の子どもが置かれていながら、それまでは我が子の不登校に無理解の態度を取り、保護者の要求にはほとんど耳を貸さなかったような学校側が、「実は子どもを○○のフリースクールに通わせることになりまして…」と切り出した途端、それまでの態度をガラッと変えることがある。それはどういうことかと言うと…。

 (つづく)

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学校の対応とフリースクール-(2) 子どもがフリースクールに通うと言い出した時

2016.08.01.19:55

不登校 : フリースクールと学校と…(2)

▼フリースクールの門を叩くまで
 このサイトを訪れ、このブログに目を通される方というのは、たぶんお子さんが不登校になりしばらく様子を見ていたが改善の余地がなく、何かいい手立てはないものかと思い余っての方が多いのではないかと思う。ただし、ただ様子を見るとはいっても、ただ黙っていたわけではあるまい。たぶん、最初は担任を通して、それでも埒が明かない場合には学校の責任者である校長とも話し合った…もちろん家庭ではできるだけのことはした、という方が多いのではないかと思うが、いかがだろうか。
 そういう方が、不登校の子どもたちを引き受ける「フリースクール」というところがあるのを知って、本当に我が子でも大丈夫なものか半信半疑のまま、フリースクールの門を叩いた…そういうこともあるのではないか。

▼学び活動する子どもが主役のフリースクール
 フリースクールに電話をして、実際に相談するために会って見た方は驚かれるかもしれない。「フリースクールって、こんなに不登校の子どもに理解があるところなの?!」と。学校との落差は大きかろう。
 学校は多分に「健常」な生徒な生徒が対象であり、その権限は学校の先生が握っているように見える。学校での主役は先生なのだ。それに対して、フリースクールは大部分が不登校などで学校を放れた子どもたちばかりなのだが、その主人公は生徒たちと言い切れば語弊があろうが、どうも活動の中心には一人ひとりの子どもたちがいて、主役は先生ではなく生徒のようだ。とにかく、学び行動する子どもを取り巻く環境が学校とはまるで違う。そこではどの子も自分らしくいられるようである。

▼フリースクールと聞いて豹変する学校
 こうして、フリースクールで話をして、親子共ども共感し、「体験学習」を通して子ども自身が肌で感じ取り、もう学校に戻る気がなくなり、いざフリースクールに通い始める時になって、奇妙なことが起きることがある。毎月の通級報告や通学定期の発行とか、今後の連絡のあり方とかで、子どもに代わって親御さんが学校に出向くことがある。そして、そこで学校側は親御さんの口から子どもが学校に見切りをつけて、気持ちを切り替えて元気にフリースクールに通い始めたことを聞くことになる。
 これまでは子どもが学校に通えない状態のまま何年も放って置かれ、親御さんの要望も聞き流されるような状態であった。また、一向に不登校になった子どもの気持ちに寄り添うようにも見えなかった。それで、親御さんとしてはこのままでは埒が明かないと思い余っての行動であったはず。ところが、学校側は、「子どもがフリースクールに行き始めた」と聞いた途端、それまでの通り一遍の儀礼的な態度を一変させて、妙に物分りの良い、こどもや生徒思いの先生方に変身するのだ。

▼年齢主義で放置していた学校がとる逃げ口上
 そして、それまでの態度を一変させた学校は、今までもどれほどその子を心配して見守って来たか、考えつく方法を模索してきたか、そして今新たにその子に合った受け入れ方法を用意しているか…などを切々と語りだしたりする。今まで何年も放置して、勉強ができようができまいが年齢が来ればそのまま卒業させることで済ませてきた学校が(日本の学校教育は年齢主義で当該の年齢が来れば卒業させるか放校させる。夜間中学に高齢者が通っているのはそのため。残念ながら今でもそういう措置を取る学校がほとんどだ)である。
 ところが、そういう学校の言い分は殆どはその場の出任せ、と言ったらキツイだろうか。その学校の生徒が学校に見切りをつけたことに驚き、とっさに取った応急措置に過ぎない。思いつきの逃げ口上である。もし本当にそうであったならば、今まで何をしていたのか。たっぷりと時間はあったはずである。でも、実際には、その子のためになることはほとんど何もやって来なかったのである。

▼再度のダメージを受ける恐れのある学校復帰
 ところが、困ったことに、その口車につい乗ってしまう人が出てくることがある。「そこまで、我が子のことを思ってくださるなら…」と親御さんは思うわけである。でも、大抵の場合は、子どもの抵抗で泡と消える。子どもは学校でどうであったか肌で理解している。おいそれと口車には乗らない。でも、中には子どももそれを信じて通い出すこともある。学校は子どもが離れたときと本質的に何も変わっていないにもかかわらずである。そういう場合、意外にうまくいくこともたまにある。だが、その子が再び心の傷をえぐられるような体験をするようになった時、今以上に辛い結果が待っている。
 確かに、その学校の先生は子どものことを考えて色々やってくれるのかもしれない。でも、「無理解の善意はあからさまな悪意よりもたちが悪い」こともある。「ここまでやってやっているのに…」と思いやりが非難に転じることさえある。そして、一度ならず二度目のダメージがその子にとって再起困難なほど決定的に作用することも起きてくる。
 
▼変わりたければ自ら動くしかない!
 かつて不登校は「原因はよく分からないが、どの子にも起こり得る」と言われた。確かに不登校は多岐にわたり当初はそう言われた。だが、それはまだ臨床例も少なく研究が未熟であった頃の話である。少なくとも今では現場では不登校の類型は掴んでいる。学校や家庭を取り巻く人的社会的環境の大きさも分かってきている。それは弱肉強食的なせめぎ合いというよりは適者生存に近いかも。近年は食物や薬物等による身体的問題もあるが、先進国特有の文化的問題もある…。
 ただ、それらに共通して言えるのは、本来は大人の次元で解決すべき問題が子どもの次元に影響を及ぼし、不登校という子どもの問題として発現していることである。では、どうすればいいか。
 「子どもが危険を感知したらまず逃げるしかない」つまり、「危険な場を離れる」こと、「環境を変える」ことである。そのためにはどうすればいいか。個人の思いを変えるだけでは環境は変わらない。自分の周りの環境を変えるには「自分の周りの風景を変えること」、つまりは「自ら行動すること」である。だが、「変われ!」と念じるだけでは何も変わらない。本当に変えたければ、自分で動くしかないのである。自らが動き出した時、全てが変わる。全てが動き出す。


「不登校セミナー」(2016年度第1回)開催にあたっての若干の覚書

2016.07.21.13:33

▼「不登校セミナー」の開催に先立ち
埼玉県で近年恒例となった「不登校セミナー」(7月23日))官民連携による)がさいたま市民会館浦和にて開催されます。これにはタイトルとして「保護者や教員のための」という前書きが付いています。私たちは何よりも絶えず子どもの生きる現場にいる保護者や教員の方々に「不登校の子どもの実際」を知って欲しいと思います。
最初、この官民連携の「不登校セミナー」は民間の話し合いのメンバーがフリースクールと不登校の親の会であったこともあり、絶えず子どもの側にいるのは保護者であることから、「保護者のための不登校セミナー」としていました。しかし、不登校が発生するのは学校教育の現場であり、その責任者である教員の方々に知って貰うことはとても重要なことであるという考えから、現在のような「保護者や教員のための不登校セミナー」という形になりました。

▼最初、このような「不登校セミナー」は約20年ほど前から、私達民間の側が先導する形で始めたことでした。1996年以降毎年の春と秋に、埼玉や東京を中心に「不登校実践報告会」という形で、まだ不登校支援の業務に乗りだして間もない様々なサポート校や通信制高校、専修学校群、技能連携校、フリースクールなどが協力し合って浦和市(当時)や東京の各地で開催したものでした。そういう記録は私達の発行していた日本で最初の不登校専門の月刊雑誌『ニコラ』を通じて発信し、後に単行本『行ってみないかこんな学校』という市販の書籍にもなりました(ハート出版社、現在希望者に無料配布)。
しかし、その当時は「不登校のための対策は特にないし今後の予定もない」と答えていた県教委も、都内ではチャレンジスクールを開校し始めたのを追いかけるようにパレットスクールという、それまでの夜間の定時制を統廃合と衣替えを図り午前・午後・夜間という三部制の定時制を開校し、不登校の子どもたちにも広く門戸を開くようになり、現在に至っています。

▼このように不登校の児童・生徒に対して、社会的認知度や許容度が高まり、県の教育委員会も前向きの姿勢を示したにもかかわらず、市町村の実際の学校現場は依然として旧態依然の対応のところが多く見られます。

ー(つづく)ー









プロフィール

Bakiller

Author:Bakiller
不登校の子ども達やフリースクールを応援するブログです。
「不登校も過ぎてみればいい経験」がモットー。「脱・不登校」ですが、不登校の否定ではありません。それを肥やしにして、そこから飛び立つことが願いです。
 世の中にはもと不登校とか学校が合わなかったという人はたくさんいます。でもその人達は自分を否定せず自分を貫き通し自己実現した人達。不登校をはじめ様々な逆境をまたとないチャンスとして積極的に生かした人達。何も特別な人達ではありません。どの子もそうなることことを願っています。主役はあなたです。

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